私立苺山学園。
全校生徒、約1万名を擁する中高一貫教育のスーパーマンモス校である。
四国より南に数十キロ、苺山と呼ばれる巨大な山を擁する無人島に
約70年前、人類救済のために作り上げられた学園都市ならぬ学園島。
元々無人島であった為、商店、娯楽施設、自治などは、ほぼ全て生徒で行い
大人は学園の理事や教師、そして島の再開発と同時に他から移ってきた医師や漁師、研究者など少数しかいない。
卒業後は、この学園を買い取った天目財閥への就職が有利になる為、入学を希望するものは多い。
これから語られる物語は、この島で起こった出来事である。
「暑い…」
季節は5月の半ばだというのに気温は既に30度を超えている。
こんな暑い中、くそまじめに学校に行かないといけないなんてホント憂鬱だ。
僕は、自分の机で寝そべる学生カバンを引っ掴むと男子寮を出た。
みーんみーんみーん
寮の外庭では、気の早い蝉が喧しく鳴いている。
今年の夏は、本当に暑くなりそうだ。
・・・・・・・・・・・
と、ここでお前は誰なんだ?と誰かに突っ込まれそうなので僕の自己紹介をしておく。
僕の名前は近藤幸太。私立苺山学園高校2年5組の16歳。
サッカー部所属のイケメンだ!どうだ、羨ましいだろっ!
………すいません、嘘ついてました。
本当はイケメンじゃないです…。
でも!でも!世の男子高校生の基準に照らし合わせれば容姿は平均より少し上かな…? 悪意をもって平凡の範囲内だと言う奴もいるが。
えっ?野郎の紹介なんてもういい?
はやく進めろ?
僕だってこれを読んでる野郎どもに自己紹介なんてしたくなかったさ。
はじめに言っておくけど、これから話す僕が体験した出来事は、気分が悪くなる話だからなっ!後で文句を言わないでくれよ!
5月16日 晴れ 苺山学園 朝の下駄箱
「おはよー幸太くん」
苺山学園の校門を抜け慣れ親しんだ僕の下駄箱に靴を入れようとした時、背後から柔らかい声がかけられ振りかえると
そこには僕の幼馴染、藤乃宮遥ちゃんが腰に手を当て笑顔で立っていた。
「お、おはよう」
朝から遥ちゃんのまぶしい笑顔をまともに見てしまい、思わず下を向いて挨拶を返す僕。
藤乃宮遥、それは僕の幼馴染にして片思いの相手にしてクラスメイト。
可愛らしい顔立ちと少し垂れた目が印象的で髪は肩まで伸びたセミロング。
グラマーで透き通るのようなシミ一つない白い肌は男女問わず引きつけて離さない。
性格も明るく、男女分け隔てなく接する為、人気が高い。
そしてまったくもって不本意だがクラスの男子どものオナドルでもある。
まったく許せない話だ。遥ちゃんで妄想(オナニー)していいのは僕だけなのに!
オナドルにしているであろう男子たちを心の中で罵倒しながら
下駄箱を通り過ぎる他のクラスメイトと、楽しそうに挨拶をかわす遥ちゃんの笑顔を見つめる。
いつ見ても、あの笑顔は反則だよなぁ。
幼稚園の頃から幼馴染やっているけど
あの笑顔をまともに見てしまうと、いつも顔を上げてしゃべれなくなってしまう。
いつかあの笑顔が僕だけに向けられるといいのに
その時はきっと遥ちゃんとベットの上で……。
「ぐふふふ…」
不気味に笑う僕を見て、何かに勘づいたのか、
遥ちゃんの笑顔がいつのまにか怪訝そうな顔になった。
「……幸太くん、また変な事考えてない?」
す、するどい。
指摘を受け僕の顔色が変わったのに気づいたのか、遥ちゃんの僕を見つめる目がみるみるうちに冷やかになった。
「どうせエッチなことでしょう?お仕置きが必要ね」
「考えてない!考えてない!というか、どういう権利があって僕にお仕置きするんだっ!」
「おばさんから頼まれてるのよ、幸太くんのことよろしくねって、だから私が幸太くんに教育的指導をしなきゃならないのよ!」
なんて理不尽なんだ。
遥ちゃんがチョップが僕の頭へスローモーションのように迫るなか、寮に帰ったら仕返しに遥でオナニーしまくってやると心の中で誓うのだった。
◇
「幸太くん今日は部活あるの?」
「ああ今日はあるよ。でも暑くて嫌になるよな」
「そうよね。私なんかバドミントン部だから体育館に風を通すこと出来ないし辛いよ~」
数分に及んだ教育的指導(おしおき)が無事終了し、肩を並べて廊下を歩く僕と遥ちゃん。
そこへ…楽しそうに話す僕たちに、いや正確には僕一人に、
男子たちから、嫉妬に満ちた視線とヒソヒソ会話が突き刺さる。
(はぁ・・・仕方ないよな)
自分でも思う。僕と遥ちゃんはつりあってないと。
本来なら僕と肩を並べて歩くことなんて許されない相手。
幼馴染という称号がなければ他の多くの男子同様、遠くから眺めているしかなかっただろう。
勉強は無理でも、せめてスポーツが出来れば釣り合うかもしれないのに……。
たちまちネガティブ思考になり、そんなことをぼんやり考えていると
「…ぉーい」
「………?」
「…おーい、ちょっと聞いてる?」
僕の顔の前で、いつのまにか可愛らしい小さな手がひらひらと上下に揺れている。
「あ・・ごめん。ちょっと考え事してた」
「もぅ!しっかりしてよね!」
頬を膨らませて遥ちゃんは、僕の肩をバシッと叩く。
「いたたた! 今ので絶対に肩が外れた」
「はいはい。分かったから」
わざとらしく痛がる僕を見て呆れたようにため息をつく遥ちゃん。
うぅ…まずった。また遥関連でネガティブに物事を考えてしまった。
いいかげんこの癖直さないと、いつまでたっても遥ちゃんに告白できそうにないや。
◇
「相変わらず仲がよろしいのね」
不意打ちのように横から掛けられた声に、僕は心臓が止まるほど驚いた。
なんだ今の声は!?
まったく気配を感じなかったぞ!
なんて某緑コロさんが言いそうなセリフを脳内で再生しながら声のした方を見ると、
日本人形みたいな髪型をした少女がクスクスと口元を抑えて笑っている。
「あっ!桐沢さん!………ひょっとして見てた?」
「ええ、ばっちり最初から見させていただきましたわ」
恥ずかしそうに顔を赤らめた遥ちゃんを見て、桐沢と呼ばれた少女はクスクスしていた笑いを大きくした。
「あれ・・・誰? 知り合い?」
「隣のクラスの桐沢真由美さんよ」
笑い続ける少女を見つめながら隣の遥ちゃんに囁くと、同じく声を落とした遥ちゃんが僕に耳打ちしてくれる。
「……桐沢?」
どこかで聞いたことある名前に僕は首をかしげていると、
「ほら映画研究部の……」
そうだ!思い出した。 どこかで聞いたことあると思ったら、あの有名な映画研究部の部長、桐沢真由美のことだ。
自分の作品には一切の妥協を許さないことが有名で、映画の撮影中は顔面が天女から般若のように変わり日本人形みたいな髪がメデューサのように逆立つという、あの伝説の……
あの桐沢真由美なのか。
僕は生ける伝説を見て胸がいっぱいになった。
「そうそう藤乃宮さん、この前の話を考えてくれましたか? あなたが出てくれるならきっと素晴らしい作品になると思うのですけど」
僕がサインを貰おうか悩んでいると、ひとしきり笑い終えた真由美が場の空気を変えるように
コホンとひとつ咳払いし、真面目な顔で遥ちゃんに向け話を切り出した。
「ごめんなさい。前にも言った通り私には出来そうにないから、他の人を当たってくれる?」
「他の人なんてダメですわ!あなた以外考えられないません!あなたが主演を演じてくれるならきっと最高のモノが撮れますわ。だからお願いどうか引き受けてくださいませ!」
断られるのが分かっていたのか、真由美は諦めきれないようにしつこく食い下がっている。
遥ちゃんが主演?
なんの話だろう?遥ちゃんを主演に映画を撮りたいということなのだろうか?
困った顔で胸の前で手を振って断る遥と、飛びかからんとばかりに迫る真由美。
先ほどから遥ちゃんがしつこく目で僕に助けを訴えかけてきているのを感じる。
(うーんどうしよう。止めるべきか……でもあの部長、怖そうだしなぁ)
一向に行動に移さない僕を見て、遥ちゃんの目に穏やかならぬ炎が宿り始める。
うっ・・・やっぱり助けよう。
言っておくけど遥ちゃんの仕返しが怖いわけではないぞ。
ここで止めないと廊下を通る人の迷惑になるからな!
5月16日 晴れ 昼休み 苺山学園屋上
「どうこれ?結構自信あるんだけど・・・」
「うん。これもうまいな」
「でしょう!これ自信あったんだ!」
お昼休み、僕と遥ちゃんは屋上の給水塔前の日陰でお弁当を食べていた。
この時間は僕が一番楽しみにしている時間だ。
料理の勉強をしているという遥ちゃんが作ったお弁当を食べて感想を述べる。
誰にも邪魔されない二人だけの時間。
というのもこの学園島に来てからお互い部活やバイトが忙しくなり、
昔と違ってなかなか二人だけで遊んだりすることは出来なくなったからだ。
遥ちゃんを心の中で憎からず思っている僕としては、非常にストレスが貯まる毎日だったのだが、
いつしか遥ちゃんが料理の勉強を始め、その成果をお弁当という形で持ってくるようになってからは、心安らかな日々を送っている。
「そう言えば、朝、日本人形・・・じゃなかった桐沢さんに熱心に誘われてたよね?」
弁当箱の卵焼きをお箸で口に運びながら尋ねると、遥ちゃんは苦笑した顔でコップに魔法瓶のお茶を注いだ。
「はい。お茶」
「ありがとう」と礼を言いながらコップを受け取り、返事を促すように目を見つめると
「映画に出ないか?って誘われてるの。断ってるんだけどね」
そう言って遥ちゃんは、僕の視線から逃れるように青い空を見上げ、照れた様子で曲げていた足をゆっくりと伸ばした。
なるほど・・・やっぱりそうか。朝は二人を引き離すことに必死で頭が回らなかったが
遥ちゃんなら誘われる理由は分かる気がする。
男心を捉えて離さない花の咲くような笑顔とプロポーション。
その魅力は映像の中でも、さぞ映えることだろう。
「……出た方がいいかな?」
僕の顔を窺いながら、どこかしら緊張を孕んだ声で遥ちゃんは言った。
「………」
正直に言えば出てほしくなかった。
独占欲というのだろうか、もし出てしまえば遥ちゃんが遠くに行ってしまうような気がしたのだ。
でもいいのか?
遥ちゃんのことを考えず
自分勝手な思いを押し付けて……。
「なに深刻そうに悩んでるのよ。幸太くんが思った通り言えばいいの!」
僕がよほど深刻そうな顔していたのか、笑いながら遥ちゃんがいつものように僕の肩をバシッと叩く。
「……で、出てほしくない」
散々葛藤したうえで、やっとその一言絞り出すように言うと
「じゃあ出ない!」
と元気よく言って遥ちゃんは笑った。
「……えっ…」
遥ちゃんの即答に僕は自分で言っておきながら思わず間抜けな声を出した。
「どうして……」
「んー本音では少し迷ってたけど…幸太くんに言われてふんぎりがついたというか……」
そこまで言うと言葉を区切り、イタズラっぽい目をして僕の顔を覗き込んだ。
「それによりも、どうして出てほしくないと思ったのかな?…んっ?」
「うぐっ……」
からかうように僕の腕にしがみついてきた彼女をどうにか押しのけ立ち上がる。
「昼休みが終わっちゃうから先に教室に戻ってるね!」
きっと僕の顔は真っ赤になっていることだろう。
背後から「あっ、また逃げたっ!」って声が聞こえたのはきっと気のせいに違いない。
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- 2012/08/03(金) 20:00:49|
- 小説
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