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3──怒り──

5月17日 晴れ 午前6時48分 苺山学園グラウンド


「あがれあがれっ!」

早朝のグラウンドに、サッカー部監督の野太い声が響き渡る。


「はぁはぁ…」


今日はレギュラー組とサブ組の二つにわかれて紅白戦をしている。
幸太はそこでサブ組みのFWとして出ていた。


「こっちだ!」

サブ組みの黄色いビブスを着た幸太は右手をあげ、サイドでボールをキープしている味方からパスを受けとると、そのままドリブルで中央をかけあがる。

それを見た敵のDF二人が慌ててシュートコースを消そうと体を寄せてくる。


いける!


DFが体を寄せてくるより早くゴールエリアに入った幸太は、自分の勘を信じて迷わず右足を振りぬいた。



パシュッ…


キーパが必死に伸ばした手を掠め、ボールはゴール右上隅に見事決まり、ゆっくりと「トン」と音を立て地面に落ちた。


ピピー!


審判のゴールを告げるホイッスルが響き渡った。

「よしっ!」

その場に膝をつき、「みたか!」とばかりガッツポーズを決める幸太。
そんな幸太に祝福しようと次々に集まってくる笑顔のチームメイト。


「この頃、宇宙開発しなくなってきたじゃねぇか!」

祝福に訪れたチームメイトの一人が、幸太の頭をクシャクシャに撫でて笑った。


「ああ、いつまでも宇宙開発してる場合じゃないってことだ!」
「ほう、言うようになったじゃねぇか。じゃあ、あと2、3点頼むぜ」
「まかせとけ!」


自信たっぷりのセリフに驚いたのか、チームメイトは目を丸くしながら「今年の幸太は一味違うな」
と呟きながら自分のポジションに戻っていった。

そしてその言葉通り、この後、幸太は2点追加しハットトリックを達成したのだった。





・・・・・・・・・・・・


「最近調子いいな。次はレギュラー組に入ってやってもらうぞ」

「はい!」

試合後、監督に呼ばれた幸太は、レギュラー入りを約束され嬉しさを隠せず頬が緩んだ。

普段厳しい監督も、珍しく褒めてくれたし
やっと俺の時代が来た!なんて調子に乗る幸太であった。




2-5教室 3時間目の休憩 幸太の机


「なぁ~に、にやにやしてるの? 気持ち悪い…」

机の横で、遥ちゃんが、にやけている僕を見て気味悪そうに言った。

なんとでも言うがいい。
今の僕は、何を言われても平気なのだ。


「何かいいことでもあったの?」
「ふっ…ないしょないしょ」
「何よそれ。教えてくれてもいいでしょ」

僕のその態度が気に入らなかったのだろう。
遥ちゃんは頬を膨らませると「はやく教えなさい!」とばかりに肩を掴んで僕の体をガクガクと揺らす。



こういう子供っぽいところは昔と変わらないなぁ


体をガクンガクンと揺らされながら、心の中でまだお互いが幼かった頃を思い出し苦笑した。
と、そこへふと視線を感じ、教室の入り口に目をやると、見覚えのある姿が佇んでいるのに気がついた。
あれは・・・


「ほ、ほら揺らさない揺らさない。 それより遥ちゃん、また来てるよ」

遥ちゃんの手を掴んで揺らすのをやめさせると、
教室の入り口に顔を見せた美しい黒髪の日本人形さんに視線を向けた。

「うっ…」
「このところ毎日来てるね。人気者は辛いなぁ」

うんざりした表情を見せた遥とは対照的に、のんきに言った僕。
遥ちゃんは「むぅ…」と小さく唸り声をあげ、僕の腕を逆にしっかり掴むと
「……断るから一緒に来て」
「なんで僕が・・・」
「いいから、早く立って!」
と、無理やり立たされ僕は真由美のもとへ引きずられるように連行されるのだった。




あぁーあ。真由美の怒りが僕に向けられないか心配だ。
彼女の邪魔ばっかりしてるしなぁ、
僕に対して逆恨みしてなきゃいいけど・・・

まぁ僕も遥ちゃんに出てほしくないって言った手前仕方がないんだけどね。






映画研究部 昼休み 部室 桐沢真由美


「なんなんですの!あの男は!」

ワタクシは部室に入るなり目についたパイプ椅子を蹴りあげた。
ふっとんだ椅子は大きな音を立て本棚にぶつかり横倒しに倒れる。

「いつもいつも遥さんの傍でワタクシの邪魔をしてっ!」

ガシャンッ!!

怒りが抑えきれず、また椅子を蹴りあげる。

ワタクシの怒りが恐ろしいのでしょう。
手足たちは怯えた様子で、嵐がすぎるのを、部屋の隅で祈るようにして待っている。

それがワタクシをさらに苛立たせた。




「……こうなっては仕方ありませんわ」

イライラを抑えるように大きく深呼吸すると決意する。


あの男が邪魔をするならこっちにも考えがありますわ。
ワタクシも暇ではありませんの。
口説き落とすのが無理なら弱みを握って脅すだけですわ。
遥さん、恨むならあの幼馴染の害虫を恨みなさい。

ワタクシはニヤリと口元を歪めると、こちらを窺っている手足たちを呼び寄せる。


「あなたたち2-5の藤乃宮遥という女子生徒を徹底的に調べなさい。本人に気付かれないようにね!」

それを聞いた手足たちが、命令を実行すべく大慌てで部室を出ていく。

これで弱みが見つかれば、それをネタに彼女を主演の舞台にあげることが出来るかもしれない。
いや実際、弱みを握ればその確率は高いだろう。
幼馴染の男が邪魔しようとも本人が承諾すれば止めようがないのだから。

「ふふっ…楽しみですわ」

窓際に立った真由美は、帰宅するためにぞろぞろと通用門に向けて歩く生徒たちを、楽しげに眺めるのだった。







5月24日 豪雨 放課後 映画研究部 部室


ザー、ザー、ザー、

一週間後、窓に激しい雨粒が叩きつけられるなか
ワタクシは手足たちが持ってきた報告書を部室で読みながらいらだっていた。

なぜなら、どの手足が持ってきた情報にも、藤乃宮遥の弱みらしい弱みが書いてなかったからだ。
それどころか、どの報告書も藤乃宮を「可愛い!」「まさに天使!」などと、ほめちぎっている有様。
自分の意図した結果と違った記述に、報告書を持つワタクシの手が怒りでぶるぶると震える。


「あなたたち、ちゃんと調査したのでしょねっ!」

──ガラガラガラ!!

ワタクシの一喝と同時に窓の外で雷鳴が轟き、震えあがる手足たち。

本当に使えない。
これでは、この一週間まったくの無駄だったではないか。
こんな調子では遥を主演の舞台にあげることなんて永遠に不可能だろう。

あきらめるという文字が心の中で浮かび上がり、ワタクシは慌てて首を振ってその言葉を打ち消す。

それだけ藤乃宮遥に隙がないということなのでしょう・・・。
さすがワタクシが主演に選んだことだけはあります。

諦め半分で最後の報告書に目を通していると、ある一文に目が止まる。

「コレダワ・・・」

思わず言葉が漏れ緊張をやわらげるようにワタクシは唇を舐めた。

これを利用すれば・・・キットワタクシノ、ノゾミガカナウハズ・・・


その瞬間、豪雨の空に稲妻が閃き、これから何が起こるか暗示するように激しい雷鳴が轟いたのだった。



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  1. 2012/08/03(金) 20:29:49|
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