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4──悪巧み──

5月27日 晴れ 午後5時40分 映画研究部 春山啓介


「おい・・・本当に上手くいくんだろうな?」
「ええ間違いありません。ワタクシの計画に失敗などありませんわ」

俺は映画研究部の部室で、桐沢真由美に念を押すように確かめた。

部活終了後、どこからともなく俺の目の前に現れた桐沢が持ちかけてきた藤乃宮遥を俺のモノにしてくれるという計画。
始めはなんの得があってそんな計画を持ちかけてくるんだ?と思ったが、
話を聞くと、俺と藤乃宮が恋に落ちる過程を映研で撮りたいということらしい。
この話は俺にとって渡りに船だが、なんだかうさんくささを感じる。

「どうして俺を選んだんだ?」

まず始めに思った疑問、なぜ俺にその話を持ちかけてきたのか?
それを尋ねてみる。

「藤乃宮さんを調査している最中、体育館で藤乃宮さんに並々ならぬ熱い眼差しを送ってる殿方に気付きまして・・・ホホホ・・・」

口に手を当てて「ホホホ…」と笑う桐沢を見ながら、俺は頭を回転させる。
その殿方とは俺の事だろう。自分では誰にも気づかれないよう注意を払っていたつもりだったが、こいつには気づかれていたのか。

少しばかり目の前の桐沢に警戒感を憶えるが、すぐに警戒を解く。
もしかしたら自分が気付いてないうちに藤乃宮を見ていたかもしれないと思ったからだ。
誰にも自分の想いに気づかれてないつもりだったが他のみんなは気付いていた。
よく聞く話だ。

だがこれだけでは理由が弱い気がする。
なにしろ藤乃宮遥は男子に絶大な人気を誇っている。
俺以外にも藤乃宮を想っている奴はいくらでもいるだろう。
そう思い口を開きかけるが、少し考え、追求を止める。
そんな事はどうでもいい。まずは計画だ。計画を聞いてから後のことは考えればいい。


「俺を選んだ理由は分かった。それでその計画はどんな計画なんだ? 教えてくれ」
「ええ、分かりましたわ」


桐沢はそういうと、自分の学生カバンの中からA4の印刷紙を2枚出し俺に手渡した。

「これは?」
「その紙には藤乃宮遥さんを攻略する手順が大まかに書かれてますわ。まずはそれをご覧くださいませ」

笑みを浮かべた桐沢に言われるがまま、俺は手渡された紙に視線をうつす。


「………」

正直言って絶句した。
なぜならそこには信じられないようなことが書き連ねてあったからだ。

紙には藤乃宮遥の弱点。
そしていかにして藤乃宮遥の弱みにつけこみ、彼女をどう堕とすかが大まかに書かれている。
これは藤乃宮を俺の彼女にするとかの計画じゃない。
この計画は藤乃宮をどうしたら俺の<肉便器>に変えることが出来るのか、そういう計画なのだ。




しかもその方法は間違いなく犯罪だと断言できる。



自分の予想では、桐沢が俺と藤乃宮の間を取り持ってくれる手順くらいだとタカをくくっていたんだが
これは予想をはるかに超えている。


さすがに現実味を感じず、視線を上げ桐沢に言う。

「…なんの冗談だ? これは」
「………」

桐沢は不気味なほどニコニコと笑みを浮かべ沈黙している。
少し待っても言葉を発しない桐沢に薄気味悪さを感じ、俺は部室のドアに体を向ける。

「俺は帰らせてもらう。じゃあな」

俺は計画書を長机に置くと、桐沢を背にそのままドアに向かって歩き出した。

「欲しくないんですか? 藤乃宮遥を」

背後から届いた桐沢の声。

なんの感情も籠ってないその透き通った声に
ドアノブに手をかけた俺はゆっくりと振りかえりそして知った。

こいつは……本気だ。





あれから5分。

俺は部室の椅子に座ると再び計画書に目を通していた。

計画では、俺が藤乃宮の弱点。
つまり、
<昔から人に、しつこくしつこく頼まれると最後には断り切れずに引き受けてしまう>
という性格を利用し、藤乃宮を俺の女にするということが書かれている。

だが問題はその過程だ。

単純に俺がしつこく言い寄って遥を落とせばいいと思うのだが、計画書にはその作戦は失敗するだろうと書かれている。
なぜなら藤乃宮遥には近藤幸太という幼馴染が傍におり、必ず邪魔をしてくるらしいからだ。
それに藤乃宮遥も、どうやら幸太という男には、幼馴染以上の感情を抱いているということも書かれている。

(藤乃宮といつも一緒にいる男が幼馴染だと知っていたが、本当にまだ付き合ってなかったんだな)


彼氏はいないと知っていたが、改めて計画書で確認するとホッとする。
もしかしたら幼馴染の男と隠れて付き合っているのではないかと考えたこともあったからだ。
だがもたもたしていられないのは確かだ。
この計画書に書かれていることを信じるなら、藤乃宮は幸太という男に幼馴染以上の感情を抱いている。
手をこまねいていれば、いずれ二人は付き合いだすだろう。


焦る気持ちを抑え、そのあとに書かれている犯罪じみた計画を噛みしめる。


藤乃宮遥が保健委員だということ、そして断りきれない性格。
この二つを利用し、藤乃宮を騙して性的奉仕をさせ堕とす計画。


本当にこんな馬鹿な計画が上手くいくのか?

計画書のページを捲ると、そこには藤乃宮遥が過去に家で飼えない子犬を友人の頼みで引き取り、
近所で飼い主になってくれる人を幼馴染の幸太と一緒に泣きながら捜したりもしたことや、
自分がどうしても見たかったコンサートのチケットを友人の頼みに負けて譲り渡したことなどが記されている。



……どう考えてもハイリスクだ。

というかこれは子犬やチケットの話ではない。
犯罪なのだ。
藤乃宮遥が断りきれない性格だとしても限度がある。
こんな馬鹿げた計画が、とても上手く行くとは思えなかった。

それにこの女、本当に信用できるのか?噂に聞くところによると目的の為には手段を選ばない性格らしいし
計画が失敗すれば俺を切り捨て、自分はそしらぬふりを決め込む可能性が高い。


だがこの計画に乗らなければ……


そこで頭の中を整理するように目を閉じ思考する。

藤乃宮遥は男子に告白されても全て断っているらしい。
俺が告白しても上手くいく可能性は低い。
しつこく言い寄っても幸太がいる限り、恐らくダメだろう……悔しいが。


そこで今さらながらにふと思いついたことを桐沢に聞いてみる。

「なんで幼馴染の幸太という男に話を持っていかなかったんだ?」

「……あの方には別の役目がありますの」

一瞬、桐沢の不気味な笑顔が剥がれおち、憤怒の表情に変わったように見えたが、
俺の気のせいだったのか桐沢は今までと変わらぬ笑顔ですぐに返答した。

「その役目って……」

そこまで言いかけて、桐沢のまわりを漂う追求を許さないという雰囲気に押し黙る。

「なにも心配することはありませんわ」

俺の不安を感じ取ったのだろう。
歌うような声で桐沢は言葉を続ける。

「これは大まかな計画。細かいところはワタクシがその都度指示いたします。貴方はただそれを忠実に実行すればいいのです。
そうすれば、貴方の望みはきっと叶いますわ」

両手を広げ自信たっぷりに言い放った桐沢の姿に目を奪われ、呑まれそうになりながらも、
俺は気になっていた最後の一点についてかろうじて問いただした。



「……本当に俺の顔にはモザイクをかけてくれるんだろうな?」
「ええ、ご心配なさらないで。ワタクシ、モブには興味ありませんもの」


こいつ・・・この俺をモブだとか言いやがった。

やはりこいつは危ない奴だ。
さっき見せた鬼のような形相は気のせいなんかじゃない。
間違いなくこいつの本性。


どうする…?


いまだにニコニコと笑顔を浮かべる桐沢を見ながら
もう一度計画書を吟味する。

こいつの頭が切れることは同じクラスの俺がよく知っている。
そのこいつがこれほど自信たっぷりに言ってるのだ。
よほど自分の計画に自信があるのだろう。


「……………」


リスクはあるがこの悪魔と契約するのもいいかもしれない。


失敗しそうなら計画を抜ければいい。

もし成功すれば俺の欲望は満たされるのだから・・・。




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