次の日の朝10時。
約束通り陽菜は私の部屋にやってきた。
予め身支度を整え、買い物に行く準備を整えていた私は、陽菜と挨拶をする。
「おはよう陽菜」
「おはようー葵」
規則により私服に着替えれない私たちは、いつもの青い制服を互いに見て苦笑しながら鞄をもって歩き出す。
気分がいいので、いい天気と言いたいところだが、宇宙なのでそれを言えないのが少し残念だ。
私たちはクリスタルリングの西区画にあるショッピングモールに向かった。
「これいいんじゃない」
「う~ん、柄がちょっと……」
ショッピングモールに着いた私たちは、陽菜の希望で水着を買いに来ていた。
陽菜だけが水着を欲しいと言って来たのだが、なぜか私も買うことになって水着を一緒に選んでいる。
別に夏が近いからというわけではないが、ステーション内にも室内プールや映画館など娯楽施設はあるので、水着など季節ものも一定の需要があった。
「やっぱりこの黄色のビキニがいいわ。これにしよっと」
「陽菜はそれにするのね」
シンプルな黄色のビキニを選んだ陽菜を見て、私は自分の水着を探す。
特に流行のものとかは考えていない。
このステーションには数百人程度しか住んでないので、流行も何もないのだ。
もちろん地球や他の惑星からも流行りの情報などは入ってくるが、私にはそれが遠い世界のように感じられてそれに合わせようとは思わなかった。
「葵は名前だけに青の水着にすべきね」
「何よ。それ」
青いビキニを手に取った陽菜に苦笑いしながら、私はそれを受け取る。
鮮やかな青だ。
まるで海王星のように。
私はそれが気に入り、この水着にするわと告げた。
「おろっ、それでいいの?」
「ええ」
まさか自分の選んだ水着を購入するとは思わなかったらしく、陽菜は驚いた顔をする。
しかし、私の購入の意志が固いことを知ると、嬉しそうな顔になった。
「どう、私のセンス捨てたもんじゃないでしょ?」
「はいはい、そうね」
軽口を叩きあって笑いながら、レジで水着を購入する。
そして店を出たところでこれからどうしようという話になった。
「ねぇ、せっかくだから中央公園に行かない? もしかしたら小田軍曹がいるかもしれないし」
陽菜が変なことを提案する。
昨日言ったことをまだ気にしているらしい。
結構負けず嫌いなところがあるので、どうしてもそれを証明したいのかもしれない。
私は小田軍曹が今日は仕事だからと言っても、陽菜は昼休みだから公園にいるかもしれないと主張する。
私は苦笑いすると、陽菜の気が済むように一緒に公園に足を向けるのだった。
クリスタルリング。中央公園──。
私と陽菜は緑溢れる中央公園にやってきた。
ここには中央に巨大な噴水が置かれ、まわりに花壇やベンチがいくつも並んでいる。
普段はあまり人気がないのだが、お昼休みになれば、お弁当を食べに来たりするクルーが集まり一時的に賑やかになったりするのだ。
「う~ん、軍曹どこにいるのかなぁ」
公園の中をキョロキョロと見渡しながら、陽菜が軍曹を探す。
まるで軍曹とここで待ち合わせしているみたいだ。いるかどうか分からないのに。
「陽菜、私はあそこのベンチで休んでるから気が済んだらここに来て」
私は少し先にある噴水横のベンチを視線で指し示し、そこへ向かう。
隣の陽菜が「うー!」と軽く唸った気がしたが、私は気にせず背もたれのある緑色のベンチに1人で座った。
癒される。
それが感想だ。
陽菜に言われてここまでやってきたが、こうやってベンチに座って噴水の水しぶきを見ていると心が洗われる。
ベンチの背に身体を預け公園の周囲に視線を送ると、陽菜が一生懸命軍曹を探していた。
その姿はまるで母親を探す子供みたいに見えて、私は思わず微笑んでしまう。
なぜだか一緒に探してあげたくなり、視線を遠くへやると、公園の外の暗い星空が見えた。
(まるで宇宙に閉じ込められてるみたい)
どこへ行こうとも窓の外に星の海が見えて、ついそのような感想を漏らしてしまう。
あれほど人は地上から天へ上がりたかったのに、いざそれが叶うと、そう思ってしまうなんて人間はなんと身勝手なんだろう。
いや勝手だからこそ人間はここまで文明を発展させたのかもしれない。
火星で生まれ火星で育った私には地球に住んでいた頃の人類の気持ちなんて分からない。
でもそんな私だってこのように思ってしまったのだから、きっと地球に住んでいた人類だってそう思っているに違いないだろう。
私はぼんやりと星の海を眺めていると、見覚えのある男性が窓の傍で私と同じように星の海を眺めていることに気付いた。
(えっ、あれって……)
私は軽く驚く。
だってそれは私のよく知る小田軍曹の背中だったから。
「軍曹おはようございます」
「んっ、ああ……、葵上等兵か。おはよう」
無視すわけにもいかず、とりあえず挨拶をと声をかけた私は、心ここにあらずといった小田軍曹の態度に驚く。
陽菜の言ってたことは正しかったのかと、内心で思いながら、私はそれをおくびにも出さず疑問そのままに口を開いた。
「小田軍曹はどうしてこちらへ……?」
「昼休みはだからな。休憩しにきたんだ。それより葵上等兵はどうした? 今日はオフだろう」
「私は友人の付き添いで買い物です。ここには軍曹と同じく休憩しにきました」
「ははは、そうか。友人とか……。それはいいことだ」
小田軍曹が笑顔を見せ、周囲を見渡す。
どうやら友人を探しているようだ。私の友人に興味でもあるのだろうか。
私は軍曹にここに友人はいないことを告げようとして口を開きかけたとき、陽菜がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「いたいた。いったいどこに行ってたのよ~。って! ええっ!小田軍曹!?」
陽菜が驚いて慌てて姿勢を正す。
陽菜の方向からは小田軍曹の背中しか見えなかったので、気づかなかったのだろう。かなり驚いている。
「君は確か……。治安課の」
「はい! 治安課所属の朝藤陽菜一等兵であります! 小田軍曹!」
陽菜が元気な声で敬礼する。
「そうか。治安課の……。それにしてもよく私の名を知っていたな」
「それはもう……」
と、ここで意味ありげに陽菜は私に視線を送った。
もう陽菜ったら……。
それじゃあ、私が普段小田軍曹の噂をしてるみたいじゃない。
内心で少し慌てながら、私はすぐにフォローすべく口をはさむ。
「小田軍曹の名をステーションで知らない者はいないと思います。2等兵からわずか5年で軍曹に昇進したのは小田軍曹が初めてですし、
そのお人柄、仕事への取組み、そしてそれに見合った功績。私たち下階級の者にとっては小田軍曹は憧れの的です」
「ふっ、そこまで大したものじゃないと思うんだが……。こうも面と向かって言われるとむず痒いな」
小田軍曹は少し照れた様子で頭を掻いた。
「いえ、大したものですよ、軍曹。治安課のみんなも小田軍曹に憧れてる人がいっぱいだし、みんな軍曹のようになりたいと思ってるんです」
「そ、そうか。みんながそう思って頑張ってくれるなら有難いな」
陽菜がおだてるように言うと、小田軍曹の顔が少し赤くなった。
どうやら以外にも小田軍曹はおだてられるのに弱いらしい。
「それで君たちは買い物の途中だったな。オフを邪魔したら悪いから私はこれで失礼するよ」
「はっ!」
私と陽菜が敬礼すると、小田軍曹は人込みの中に消えて行った。
そして暫くその場で立ち尽くしていると、陽菜が待ちかねたように私に話しかけてくる。
「ねっ、小田軍曹ここにいたでしょ」
「……ええ、そうね」
私が頷くと、陽菜はそれ見たかという顔をした。
でも問題はそこじゃなく、小田軍曹がボーっとしていたという話だったような気がする。
陽菜が満足しているので、この話を蒸し返す気はないが、あの小田軍曹の表情。
確かに陽菜の言ってたとおり心ここにあらずといった感じだった。
いったい小田軍曹は星の海を見ながらいったい何を思っていたのだろうか。
翌日。私は仕事に戻っていた。
仕事内容はいつものレーダーの監視だ。
管制室のレーダー前に座りながら、異常がないか目を凝らす。
仕事上の付き合いしかない同僚が、小さく欠伸をしたがそれを見なかったことにする。
基本管制室は静かだ。
繁盛に宇宙船が出入りしているわけでもないし、ここは太陽系でも辺境にある星なので
宇宙船が他の大きなステーションに比べてあまり立ち寄らないためだ。
宇宙の片田舎だと言った方がいいだろうか。
そのぶん周辺宙域に目が届きにくく危険とも言えるのだが、危険度の一番高い宇宙海賊はあまりこちらにこない。
彼らが狙う商船などがあまりこちらにやってこないので、この辺りには現れないのだ。
大体が木星や土星あたりで被害にあってることから、そのあたりに宇宙海賊が多いと言われている。
「キャプテン。商船エランド号が2番ゲートより出航の許可を求めています」
「許可する。2番ゲートの扉を開け」
管制室の中央に座ったもう60代に届こうかというキャプテンが、低い声で指示を出した。
それに従い管制官が商船に許可を出して、ゲートを開く。
淀みなく行われる作業。
このキャプテンも暇だと思う。
一日に出入りする宇宙船は数隻。
それも小型の宇宙商船ばかりだ。これでは張り合いもないし、野心のある人間なら派手な手柄は望めないだろう。
ここのキャプテンに座ると言うことは、無難に任期を務めあげることに他ならないのだ。
目の前のモニターから小型の宇宙船がゆっくりと動きだし、クリスタルリングから離れていく。
目的地はどこなのだろうか。
あの大きさの船では、あまり遠くの星には行かないと思うのだけど。
チラリとモニターを見ながらそんなことを考えていると、プシューと扉音が鳴って、
奥から小田軍曹が管制室に入ってきた。
小田軍曹はまっすぐキャプテンの元に向かい、何事かを喋っている。
そしてそれが終わると、こちらへやってきて私の席の後ろに立った。
「葵上等兵、異常はないか?」
「はい。異常ありません。小田軍曹」
「そうか、それはなりよりだ。何事もないのが一番だからな」
「………」
ふと思う。
小田軍曹はこんな辺境のステーションに配属されて不満はないのだろうか。
正直、彼ほどの能力なら木星や土星などにある大きなステーションでも、その実力はいかんなく発揮されるだろう。
順調に軍曹まで昇進したとはいえ、ここから先出世するのは容易ではない。大きな功績がなければ、そう簡単に上へは行けないだろう。
そのためには木星や土星などトラブルが多発している宙域のステーションに行くのが一番なのだ。
小田軍曹はそのあたりをどう思っているのだろう。
つい聞いてみたくなるが、さすがにそんな失礼なことは聞けない。
私は、その考えを振り払うべく目の前のレーダーに意識を集中させる。
するとふとレーダーに見慣れぬ光点が入ってきて、私は緊張を高めた。
(これって……)
私は目を凝らす。本来ならステーションに近づく船はある一定の距離まで近づくと、必ずステーションに連絡を入れないといけないことになっている。
しかしこの船はその距離になってもこのクリスタルリングに通信をいれてこないのだ。
私は初めての出来事に喉がカラカラになりながら、声を張り上げた。
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- 2013/09/16(月) 00:01:52|
- 小説
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