筆記と実技のテストを受けた結果、合格だった。
歴史の問題が出たらやばいと思ったが、それも杞憂に終わり数学と国語の試験のみだった。
正直かなり簡単で、転入試験は難しいと聞いていた僕には拍子抜けだ。
「よかったね。合格して」
「うん、ありがとう」
帰り道、僕の隣でニコニコ笑うみさきちゃんにそう言われて、表情も自然とほころぶ。
これからの学園生活を考えたら不安しかないはずなのに、嬉しいものは嬉しいとは不思議なものだ。
これは、可愛い子に言われたからそう思うのであろうか。
とにかくこれからはボロが出ないように頑張らないといけない。
ちんちんがばれたらまずいがそれ以外は大丈夫だろう。胸も貧乳だと押し通せばいい。
こうなってはここで学歴を手に入れ、どこかに就職するしかない。それが唯一の道だろう。
「ケーキでも買って帰ろ」
「うん」
こうして僕は無邪気に手を引くみさきちゃんに連れられて、ケーキ屋さんに寄って帰った。
「「合格おめでとう~」」
「ありがとうございます」
夕食後、お祝いにケーキが出され、僕はふたりに祝福されていた。
まったくの赤の他人の僕に、ここまでしてくれるなんて、照れくさいというよりも感動だ。
僕を拾ってくれたのが、こんなにいい家庭で良かった。僕の運もまだつきてないらしい。
「それにしても秋一ちゃんと明日から同級生で同じクラスか~。ラッキーだね!」
「う、うん」
ケーキを食べてテンションが高い、みさきちゃんに僕は曖昧に頷く。
秋一ちゃんと呼ばれるにはどうも気恥ずかしいから変えてほしいものだ。
「僕は秋(シュウ)って呼ばれてたから、そう呼んでくれるといいな」
「秋って呼ばれてたの?」
「うん、友人からわね」
「ふ~ん」
なぜかジロジロ僕の顔を見つめるみさきちゃん。
なにかついてるかな?
「秋ちゃんか。うん、そっちのほうがいいかも! じゃあ、秋ちゃんって呼ぶね」
「あ、ありがとう」
なんかまた言葉がどもりはじめてきた。
今までリア充じゃなかったからかな。えっちした効果が薄れてきた。
やっぱりそう簡単になおらないのか。
「ふふっ、ふたりとも仲がだいぶよくなったのね。それからみさきちゃん。明日は日曜だから学校はないわよ」
「あっ、そうだった」
おねえさんに突っ込まれて、みさきちゃんはしまったとばかり少し舌を出した。
「それで秋ちゃん、やっていけそう?」
「はい、大丈夫です」
合格が決まった説明で、学費は奨学金制度を使うことにしたのだ。
無理とは言えない。ここまでしてくれたふたりのためにもね。
「ならいいけど、学校で困った事があったらみさきちゃんが助けてあげるのよ」
「は~い」
みさきちゃんが大きく頷き、安心だ。
ある程度の知識を手に入れたとはいえ、学校生活では困ることが多い。
頼りまくることになるだろう。
「じゃあ、明日は制服買いに行こっか」
「………」
さっそく僕の学校生活に暗雲が立ち込めてきた。
月曜日、ついに僕のこの世界における初登校日だ。
色々考えたが、やっぱり危険なのは着替えだ。これだけは本当に気を付けないといけない。
気を引き締めたつもりだったが、ベッドに広げられた女子の制服を見ると、何もかもがくじけそうになる。
(今日からこれを着て行かないと駄目なのか)
着ていかないと変に思われる。
それはやがて怪しみに変わって、おちんちんの秘密につながる。
まさか女装して学校に行くことになるとは……。
ほんとに頭が痛い。
「早く着替えないと遅刻しちゃうよ」
「うん……」
みさきちゃんが下着姿になって着替えをしてるのに、それを見る気にもなれない。
嫌々ながらにも制服を着ていくが、不慣れだと手こずる。
スカートとかこうやって履くのね。
下半身がスースーするのを感じながら、僕はみさきちゃんと一緒に下へ降りる。
「あら、似合ってるじゃない。みさきちゃんとお揃いね」
「あたりまえじゃない」
エプロン姿の結衣お姉さんが僕の姿を見て微笑み、みさきちゃんがそれに突っ込む。
僕の口から出るのは乾いた笑いだけだ。地味にダメージがでかい。
中性的な顔立ちだから助かったけど、これがむさくるしい男みたいな容姿をしてたら結衣おねえさんもそんなこと言えなかったと思うと、なんとも言えない気持ちだ。
「さぁ早くご飯食べて。遅れるわよ」
「は~い」
食事を急いで済ませ、玄関で靴を履く。
初日ということで緊張マックスだ。
「頑張ってね」
「はい」
結衣お姉さんに励まされ家を出る。
天気は快晴で素晴らしい青空だ。
三重らしい海風の匂いが僕の鼻をくすぐる。
学校に着くと、みさきちゃんと職員室にいき、そこで別れる。
僕は緊張しながら、職員室に入ると、真ん中の机に座って背を向けていた榊先生の傍に行った。
「おはようございます」
「あら、おはよう」
うなじまで髪を結いあげたキリっとした眉をしている榊先生。
この人もすごい美人で、こっちの世界での美人率は脅威だ。
人から産まれてないせいかもしれないけど、これは異常と言っていいだろう。
「もうちょっと待ってね。もう少ししたら教室に行くから」
「はい」
出席簿を用意し始めた榊先生は、傍の椅子に座るように言うと、教室に行ったときのために軽い注意点を説明してくれる。
「新川さん、教室に行ったとき自己紹介するから軽い挨拶考えといてね」
僕は頷く。
「それから席はみさきさんの前だから覚えておいて」
「わかりました」
ホームールームを告げるチャイムが鳴り、僕は榊先生と一緒に職員室を出る。
女子の制服を着た僕は間違いなく変態。
万が一クラスに男がいたら間違いなく僕の学校生活は終わるだろう。
心臓をドキドキさせながらどこか挙動不審でクラスに向かう僕。
クラス前まで来ると、女子たちが僕に一瞬目をくれた後、慌てて一年A組のクラスの中に入っていった。
「呼んだら入ってきてね」
ガラッと教室前のドアから入っていく先生。
ドキドキと不安でいっぱいだ。窓から見た感じ男はいないが、それでも不安は消えない。
最初が肝心だ。
どうか上手く溶け込めますように……。
教室の中から出席を取る声が聞こえた後、僕は先生に教室に入るように言われた。
いよいよだ。
いざとなったらみさきちゃん助けてくれよと思いながら、大きく深呼吸を一度すると、思いきって教室の中に入った。
教室は静まり返っており、教壇に行く途中は数秒なのにすごく長い時間を感じられた。
「新川さん挨拶を」
教壇に立つ榊先生に促され、僕は少し声をあげ挨拶をした。
「新川秋一です。みなさんよろしくお願いします」
「はい。今日からみなさんのクラスメイトになった新川秋一さんです。みなさん新川さんが困ってたら助けてあげてください」
「「「は~~い」」」
特に趣味は?とか訊かれることなく、あっさりと自己紹介は終わった。
歓迎の拍手と共に、僕は笑顔で手を振るみさきちゃんの前の席に座る。
緊張したが、終わってしまえばなんてことはない一瞬の出来事だ。心が楽になるのを感じながら、先生の方を見ると先生はホームルームが終わったので教室から出て行く。
僕はたちまちクラスメイトに囲まれた。
「ねぇ新川さんって身長高いけどいくつあるの?」
「175だけど」
「へー、高いのね」
「じゃあ、みさきちゃんと一緒に住んでるってほんと?」
「うん、それはホント」
流れるように質問に答えていく。
少しドキドキしたが、こういうノリは向こうの世界でも一緒だ。
ただ、これだけの女子に囲まれるのは初めてだが。
「東京ってどんなとこ? すごく大きな国だけど」
「えっと、それは……」
ここで慎重に言葉を選ぶ。
この世界での東京は、千葉、神奈川を飲みこんだ押しも押されぬ大国である。
まさかと思うが、東京に詳しいクラスメイトがいるかもしれない。
「東京の外れのほうだったからね、こことあんまり変わらないよ」
「そうなんだ。いっぱいビルが建ってると聞いたんだけどな~」
「ハハハ……」
笑ってごまかす。
嘘は言ってない。僕の住んでるところはどちらかというと埼玉に近い。
ちなみに埼玉と東京は不倶戴天の敵である。
しかしこうしてみると、可愛い子が多い。
贔屓目に見てもみさきちゃんのレベルに近い子が3人はいる。
この中に女子の制服を着た自分がいるのが恐ろしい。ばれたときのことを考えるとゾクゾクする。
なんとか愛想笑いをしながら受け答えをしていると、やがてチャイムが鳴り一時間目が始まる。
まずは順調だと言っていいだろう……。
昼休み。そつなく授業を済ませ女子トイレデビューも済ませた僕は、後ろの席のみさきちゃんと一緒に購買部でパンを買い、屋上に向かっていた。
みさきちゃんによると、天気がいい日は友達と一緒に屋上でサンドイッチを食べるのが日課らしい。
「慣れてきた?」
「うん、まあまあ」
どこもかしこも女子生徒ばかり。転校生ということだけあってジロジロ見られたりして緊張したが、やがてそれも気にならなくなり普段通りの振る舞いが出来るようになってきた。
階段をのぼりながら、すれ違ったクラスの女子に笑顔で手を振る。
やばい、今の女の子っぽかったかも。
屋上のドアを開けると、みさきちゃんの後について近くのベンチに座ってる一人の女の子の傍に行く。
確かあの子は……。
「ごめん、待った?」
「ううん、水筒忘れて一回取りに帰ったから」
「そうなんだ」
挨拶を交わすふたり。
僕に気付くとベンチに座ってた女の子がペコリと頭を下げた。
「……倉橋深優です」
「ど、どうも新川です」
大人しそうな子だ。
よく図書館でポツンといる子を想像させられる。
ロングの髪をストレートに背中まで垂らし、セーラ服を通しても余裕でわかる巨乳の持ち主のようだ。
これで眼鏡っ子だったら完璧なイメージだっただろう。
みさきちゃんがベンチの真ん中に座り、僕と深優ちゃんはみさきちゃんを挟むようにして座る。
そして僕とみさきちゃんはサンドイッチ、深優ちゃんは弁当箱を開けた。
「深優ちゃん、今日の卵焼き美味しそうだね」
「……食べる?」
「うん、食べる! あ~ん」
仲のよさそうなふたりだ。あ~んしてるし、いつも一緒に食べてるらしいし、親友と呼べる間柄なのかもしれない。
なんか女子の親友っていいよね。男同士があ~んなんかしたらひどい噂になって学校に行けなくなりそうだし。
時折僕に同意を求めながらみさきちゃんはひたすら喋っていく。
深優ちゃんは聞き役のようで、タイプの違うこのふたりがどうして友人の位置にいるのかなんとなくわかった。
それにしても僕も深優ちゃんみたいな可愛い子と友達になりたいのに、反対側にいるせいで会話がないぞ。
僕はなんとかして深優ちゃんに話しかけたいが、話すきっかけがない。女の子相手になにを話題にしていいのかわかんなくて、話題になりそうなことを考えるが、深優ちゃんも自分から話しかけるタイプじゃないし、これは困った。
「ねぇ秋ちゃん、秋ちゃんってば!」
「……えっ。ああ……」
思考がそっちに行ってたせいでみさきちゃんに話しかけられたことに気付かなかったみたいだ。
いつのまにか、みさきちゃんと深優ちゃんがこっちを見ている。
「それで何かな?」
「もう、聞いてなかったの?」
拗ねたようにみさきちゃんが頬を膨らませる。
「秋川さんは何か部活入るの?って話をしてたんです」
「えっ、ああ、そういうこと」
深優ちゃんがフォローするように言ってくれて、僕は慌てて分かったと理解したように大きく頷く。
「まだ決めてないよ。特にやりたいってことないしね」
「そうなんですか……」
ようやく深優ちゃんとお喋りできたけど、話が膨らまず気まずい。
やっぱ同世代の女の子と話し慣れてないのがまずい。
なにせ彼女いない歴年齢だしなぁ。
つまんない子だと思われてないか心配になりながら、ちょっとした沈黙の時が流れてると、食事を終えたみさきちゃんが立ちあがった。
「じゃ、ご飯も終わったことだし、深優ちゃんいつものしよ」
いつもの?
疑問に思いながら?マークを頭に浮かべてると、深優ちゃんがベンチに座ったまま膝をすり合わせてモジモジする。
「はずかしいよ、みさきちゃん」
チラチラっと僕を見てることから、僕に見られることを気にしてるのだろうか。
黙ってると、みさきちゃんが深優ちゃんの手をグイグイ引っ張る。
「私たちの友情のあかし。見られても平気でしょ。みんなやってることだし」
「でも……」
「でももヘチマもな~い!」
深優ちゃんは、みさきちゃんに促されて仕方なさそうに立ち上がると、僕に後ろ髪を引かれるような流し目をして屋上の階段室の陰に連れられて行った。
僕は頭に疑問符を浮かべながら深い考えもせず、少し遅れてついて行くのだった。
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- 2016/01/11(月) 20:40:32|
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