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6──遥の想い──

5月29日 晴れ 日曜日 学園島商店街


この日、僕は少しばかり浮足立っていた。
久しぶりに遥ちゃんと二人きりで街へ遊びに繰り出したからだ。

「ちょっと暑いけどいい天気だね♪」

遥ちゃんが鼻歌を歌いながら空を見上げた。
雲ひとつない青く澄み切った空は、目を見張るほど美しく夏を思わせるほどだ。

「そうだね」

僕は、うわの空で返事を返しながら、なんとなく辺りを見回した。

綺麗に舗装された道路、それに沿って立ち並ぶ街路樹と活気に満ちた店舗。
ほとんど大人がいないとは思えないほどだ。

四国より南に数十キロ、苺山と呼ばれる巨大な山を擁する無人島に
約70年前、人類救済のために作り上げられた学園都市ならぬ学園島。

大人といえば島の再開発と同時に他から移ってきた医師や漁師、研究者など少数しかいない。
まさに、教師をのぞけば、大人と出会う確率は、天然記念物レベルと言ってもいいだろう。


じゃあ、どうして大人が少ないかというと、
この島の持ち主、天目彦三郎が大人の出入りを厳しく制限しているのではないか?という話が生徒間で囁かれている。

もちろん本当のところは分からないし、本当だったとしても何のためかだって知らない。
わざわざ無人島を開発して学園を作った理由が分からないのと一緒だ。
まぁ、意外に、金持ちの道楽なんかじゃないか?と考えているけどね。



と、そんなことより重要なのは、大人が少ないってことだ。


大人が少ないせいで道路を走る車が極端に少なく、信号なんてあってなきようなものだし、街で夜遊びしていても「ちょっと君いくつかな?」なんて言われて補導されることもない。
また「勉強!勉強!さっさと勉強!」とガミガミ言う親もいないし気楽なものだ。

一見聞いてる分には「いいことじゃないか」と軽く思われるかもしれないが、当然の事ながら悪いこともある。


例えば、家事全般は自分がしなきゃいけないことだとか。
例えば、島の人口に対して警察官があまりにも少ない事とか。
例えば、ほとんどの店に大人がいないから、店としてあんまり機能してないことだとか。
例えば…


…ぶっちゃけ言うと、メリットよりデメリットの方がはるかに多い。


いなくなって初めてわかる大人のありがたみというやつだ。
この島に引っ越してきた生徒は、みんなこの言葉を噛みしめていることだろう。


と、言う訳で、ないものねだりしても仕方ないので商店、娯楽施設、自治などは、生徒会の指導のもとほぼ全て生徒で行っている。


良いことなんだか悪いことなんだかは別にして、
もうこの島は、子供の国だと言ってもおかしくないだろう。




「それで今日はどこに行くの?」

弾むような声で遥ちゃんが僕に聞いた。

「映画に行かない? タダ券をちょうど2枚持ってるんだ」

ズボンのポケットから見せびらかすように取り出した券を1枚渡す。

「これって恋愛ものだよね?」
「うん」

白い色の映画の切符に印刷されていたのは「この愛に死す」というタイトル。

遥ちゃんは恋愛映画が好きなので喜ぶだろうと思い、事前に用意しておいたものだ。

案の定、それを聞いた遥ちゃんは、ぱぁっと顔をほころばせた。

「うんうん、幸太くん分かってるね。だから大好きだよ♪」
「ったく調子いいんだから…」

ぶっきらぼうに返したが、心音が一気に跳ねあがったのを感じる。
最近の遥ちゃんはいつもこうだ。
ストレートに僕に対して好きという言葉を口にする。

冗談で言ってるのか、幼馴染として好きだと言ってるのか分からないが、おかげで動揺しまくりだ。

物心つくころには傍にいた相手。
楽しい時も苦しい時も共に過ごし、お互いの良いところ悪いところを知りつくしてる相手。
異性として、好きと言ってくれてるならいいけど、、、

「ほら何してるの? いこう」

前方を歩く遥ちゃんから差し出された白く小さな右手。
僕は苦笑しながらその手を取るのだった。



5月28日 20時35分 女子寮 遥の部屋

「~♪」

お風呂から上がり、いつものように軽いストレッチで体をほぐしている時に届いた幸太くんからのメール。
メールには「明日、街に遊びに行かないか?」と短く表示されている。

学校ではいつも一緒だけど、街で二人きりで遊ぶことなんて久しぶりかも。

私は机に置かれた手帳を開き明日の予定がないことを確かめると
すぐに幸太くんに「うん。分かった。」と一言、簡単にメールを返した。

ベットに倒れ込み枕に顔を埋めながら熱い吐息を漏らす。

これってデートっていうのかな?
幸太くんは、どう考えてるだろう。
幼馴染と遊びに行くとくらいしか思ってないのかな。

頭の中で幸太の姿を思い浮かべ、ゆっくりと目を閉じる。

いつだろう。彼のことを一人の男の子として意識しはじめたのは…
いつだっただろう。自分の気持ちにはっきり気付いたのは…

一緒に遊び、笑い、楽しんだ思い出が脳裏によみがえり、
きゅうと胸に甘い痛みをもたらす。

「幸太くん…」

自然と声が漏れ、遥はベットわきに置かれたクマのぬいぐるみを抱きしめた。

明日はどんな一日になるんだろう。

楽しい日になるのかな?
それとも嫌な事があった日になるのかな?

どんな日になるのか分からないけど、これだけははっきり分かる。

どんな日でもきっと、明日は二人のいい想い出になるだろうということが。



                                         
                                    
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  1. 2012/08/07(火) 19:33:58|
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