「救難信号を発しながら近づいてくる宇宙船だと?」
はい、と私が緊張の孕んだ声で返答すると、キャプテンと軍曹は顔を見合わせた。
「連絡は取ってみたのか?」
「いえ、まだコンタクトはとっていません」
「よし。なら葵上等兵。その宇宙船とコンタクトをとってくれ」
「はっ。了解しました」
私は一定の間隔で救難信号を出す宇宙船に向けて通信回線を開く。
「こちら海王星開拓ステーション・クリスタルリング管制室。そちらの所属星と船名を問う。繰り返す。こちら海王星……」
マニュアルに従い、3度呼びかける。が、何も反応はない。
私はさらなる指示を仰ぐように隣に立つ小田軍曹に視線を送ると、小田軍曹は繰り返し呼び掛けるように指示を出し、自分はキャプテンと話をし出した。
「キャプテン、こちらに反応がないことから通信回線が故障しているか、答えられない状況にあると考えられます。どうなされますか?」
「ふむ……」
キャプテンは深々と椅子に腰をかけて顎に手を当てる。
普段のんびりしている様子なのだが、さすがに今回はちょっと違うようだ。表情を見ればわかる。
いつのまにか管制室には緊迫した空気が流れ、キャプテンが何を指示してもすぐ取りかかれるよう準備している。
「キャプテン……?」
「ああ、すまない。その宇宙船の位置とこちらに到着するまでの時間を教えてくれ」
「はい。現在、Eの3エリア西方210、88。この速度を維持したままだと到着するまで58分と24秒です」
「うむ。ありがとう」
キャプテンは頷くと、小田軍曹に向かって話しかけた。
「小田軍曹、君ならどうするかね」
「……反応がない以上、こちらから船を出すべきだと思います。が……」
「が?」
「少し気になることがあります。その宇宙船は救難信号を発しているのに、なぜ他の船に助けられなかったのでしょうか。
仮に助ける余裕がなくても、どこかのステーションに通報がいってるはずです」
「ふむ。だが救難信号を今出したということは考えられんかね」
「その可能性はあります。ですがそれにしては妙なのです。レーダーの様子からこの船は特に急いでいる様子はありませし、救難信号を出しながらこちらに応答もしません。エンジントラブルなど他の事故が起こったということもありえますが、さすがに応答にもでないというのは不自然です」
「それは疑いすぎだな、小田軍曹。宇宙で予期せぬ事故というのはいくらでもある。例えば通信機の故障が原因で、仕方なく救難信号を出したということもありえる。向こうからすれば黙って近づいて宇宙海賊と間違えられて攻撃されてはたまらんだろうからな」
「はい」
キャプテンが諭すように言うと、小田軍曹は黙って引き下がった。
「よし、ではこれより高速駆逐艦ネプチューンを派遣する。指揮は……小田軍曹。君がとりたまえ。人選は任せる」
「はっ!」
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
10分後。
私は小田軍曹と共に、宇宙船派遣の任に志願していた。
通信機器の故障なら私も役に立てると主張したからだ。
もちろんそれは建前で、小田軍曹と共に手柄を立てるチャンスが欲しかっただけである。
「全員揃ったな。では高速駆逐艦ネプチューン。発進する」
「ゲート解放確認。ネプチューン、エンジン点火」
小田軍曹が艦長席に座り、私がオペレーターとして席に座る。
何気ないことのように見えるが、これは極めて異例な出来事である。
普通ならこの任を任されるのは少尉以上の尉官だからだ。それだけ小田軍曹が期待されているということだろうが、私にはキャプテンの思惑が透けて見える。
つまりこの任務の成功をもって、小田軍曹をさらに昇進させるということだ。
私としてもこの波に乗り遅れたくない。
滑らかに動き出す高速駆逐艦ネプチューン。
海のような美しい青色のボディを海王星に見せつけながら星の海を進む。
「エンジン出力20%……30%……50%」
計器に視線を送りながら、異常がないかチェックする。
失敗は許されない。確実に与えられた役目をこなし、小田軍曹にいい印象を与える。
「エンジン出力70%。目標到達予測時間、10分11秒です」
「ご苦労。現状の航路と速度を維持し、周囲の索敵を続けてくれ」
「了解しました」
まるでクリーンルームにいるような静けさを保ったまま、ネプチューンは高速移動を続ける。
このネプチューンはクリスタルリングにある駆逐艦の中で一番の性能を誇っている最新鋭艦である。
その性能は旧型の宇宙戦艦をも凌ぐほどで、当初はクリスタルリングに配備するのはもったいないと言われたほどだ。
しかし、海王星が太陽系の辺境にあり、高速艦を一隻は配備しないとまずいというわけで決まった経緯がある。
もっとも、この辺境では事故や海賊の襲撃がほぼ皆無のため、出番がなかなかないというのが実情だが。
「到着まであと3分。目標の船影を確認。全体図をモニターに表示しますか?」
「ああ、たのむ」
ブンと前面のモニターが切り替わり、目標の宇宙船を大画面で映した。
「これは……商船でしょうか」
共に乗り込んだクルーの1人が、目標の姿を見て声を漏らす。
「見た目ではそう見えるがはっきりわからんな」
小田軍曹がそんな感想を漏らし、さらに凝視する。
そして暫く観察して気づいたのか、呟くように言葉を漏らした。
「この船はエンジンと救難信号のみ動いているな。他に電力は使っていないようだ。
外傷も特に見当たらないし、やはり内部でなんらかの事故があったとみるのが妥当なのか……。
葵上等兵。周囲の索敵はどうだ。他に船影はないか?」
「特に見当たりません。周辺宙域にはこの中型宇宙船のみです」
レーダーで確認する。
「よしわかった。ではこの中型宇宙船にもう一度呼びかけ、反応がなければこちらから接舷し乗り込むことにする。いいな」
「はっ!」
一同が返事し、それぞれが気合を入れた。
「だめです。何度呼びかけても反応ありません」
「やはりそうか……。では中の様子を確かめるしかないな」
呼びかけても反応を示さず、クリスタルリングに向けて無言で航行する中型宇宙船。
電報や、ライトなどを使ってモールス信号なども打ってみたのだが、やはり何の反応もないようだ。
小田軍曹は艦長席から立ちあがり、出口に向かう。
私も通信機の故障ならお役に立てると周囲にわざと聞こえるようにして言ってから席を立った。
誰だってこの船に残るより手柄を立てたいのである。これは早い者勝ちだ。
船名不明の中型宇宙船に乗りこむのは10人。
全員がレーザー銃などで武装し、戦闘訓練で鍛えた精鋭だ。
「小田軍曹、ドッキング完了。いつでも乗り込めます」
「わかった。ご苦労」
艦内を流れる放送で小田軍曹がドッキングを確認し、この場にいる全員の顔を見渡す。
「まずは隊を5人ずつ二つの班に分ける。一つは私が指揮をし、操縦室に向かう。そしてもう一つはここの乗組員の確保だ。敵意がないとも限らないので基本拘束してから事情を訊く事とする。攻撃してきた場合は各自応戦せよ」
「はっ! 了解しました」
力強く頷き、私は小田軍曹と共に操縦室に向かう班となった。
「油断するなよ。民間船を装った海賊船の可能性もある。危険を感じたら迷いなく撃て」
船内に侵入した私たちは、二手に分かれそれぞれの目的を達するために動いていた。
私は小田軍曹と共に、操縦室に向かって移動している。
内部は特に痛みなどなく電源が落ちていることを除けば一見異常は見当たらなかった。
「中型宇宙船とはいえ、ここまで人気がないのはおかしいな……。物音ひとつしないのも気にかかる」
「はい。これくらいの大きさの船なら乗組員が最低でも10数名はいるはずです。特に型の古い宇宙船でもないですし、廃棄された宇宙船というのも考えにくいです」
「となると……。いや、今は余計な推測はやめよう。それは他の班の役目だ」
銃を構えながら私たちは慎重に歩みを進める。
横に5人ほど並べそうなくらいの幅の通路を歩き、艦の前方を目指す。
そして数分後。無事、操縦室に辿り着いた。
「……ここも無人か。葵上等兵、通信機の方はどうなってる?」
「はっ、特に異常は見当たりません。正常に機能しているようです」
「そうか」
操縦室に着き、真っ先に通信機を調べた私に小田軍曹が話しかけてくる。
「小田軍曹、船は自動航行モードになっているようです。目的地はクリスタルリングになっているようですね。特に異常や故障もないようです」
操縦席に座った他のメンバーが報告する。
「なるほど。それでまっすぐこちらへ向かってきてたのか。あとは乗組員を確保し事情を聞くしかないな。
念のために自動航行モードを手動に切り替えて艦のスピードを落としてくれ」
「はっ」
そう言うと、艦のスピードがゆっくりになり、私たちと小田軍曹は操縦室に何か手がかりがないか探し始める。
すると面白い物が出てきた。
(航海日誌……?)
発見した私が口に出さずに心の中で呟く。
パラパラとページを捲ると、色々な情報が飛び込んでくる。
それによると、この宇宙船は3日前に天王星より出航したラビアクラスト号。
雑貨品や食料を運ぶ商船らしい。
1日目と2日目は特に不審な記述はなかったが、3に目である今日に限って何も記述がない。
日誌がその日起こった出来事を書いてあることから、恐らく昨日の夜以降に何かが起こったに違いない。
私は他に何か手がかりがないか日誌を調べたが、残念ながら手がかりになるような記述はなかった。
私は日誌を閉じると、小田軍曹に航海日誌を手渡し、得られた情報について説明する。
小田軍曹は日誌に目を通しながら頷いて「なるほど」と言った。
そして他にもないか探していると、軍曹あてに他の班から通信が入ってきた。
「乗組員は見つかったか?」
「いえ。小田軍曹、船内をくまなく調査しましたが、乗組員は見つかっておりません。
また船内で戦闘が行われた様子も略奪にあった形跡もないことから、廃棄されたか、盗まれて出港した可能性があります」
「そうか。ご苦労。では操縦室の方へ来てくれ。合流する」
「了解」
通信を切ると、小田軍曹は腕を組んでみんなに聞こえるように言った。
「とりあえずは、この船はここに放置するしかないな。状況がわからないのに、この船をクリスタルリングのドックに入れるのは危険だ。
クリスタルリングに連絡を入れて、応援部隊を呼ぶとしよう」
それから応援部隊が来たたのは30分後だった。
ずいぶん遅いと思ったが、爆弾処理班なども来ていたのでなるほどと納得する。
いくら無人の船とはいえ、このまま宇宙を漂わせておくわけにはいかない。持ち主に連絡を取り、引き取りに来てもらわなければならないのだ。
何が起こったのかはまだ分からないが、万が一爆発物が仕掛けられていては大変なことになる。
クリスタルリングのドックに入れるのにもきちんとした検査が必要なのだ。
私は、小田軍曹と共に、応援部隊に状況説明を済ませ、駆逐艦ネプチューンに乗ってクリスタルリングに帰る。
ステーションではキャプテンが詳しい説明を待ち望んでいるだろう。
とはいえ、なぜ商船ラビアクラスト号がああなったのか分からないため、小田軍曹も気が重そうだ。
私だって困惑している。あれだけ探しても手がかり一つなかったのだ。
乗組員だけが忽然と姿を消したように見えて訳が分からない。
幽霊船にでも出くわした気分だ。
「葵上等兵。ステーションに帰ったら天王星のステーションに商船ラビアクラスト号の詳しい問い合わせをしてくれ」
「了解しました」
艦長席に座った小田軍曹が少し疲れた声で言い、私はいつもの調子で返事をする。
天王星に問い合わせれば、もっと詳しいことが分かるだろう。まだ手柄を立てるチャンスはある。
私は自分にそう言い聞かせて気合を入れた。
クリスタルリングに帰った私は、さっそく小田軍曹と共に管制室に戻った。
そしてキャプテンに一通りの説明を終え、私は自分の席に戻って天王星のステーションに問い合わせをする。
すると日誌に記載されていた通り、あの商船はラビアクラスト号であり、3日前に天王星のステーションを出たことが分かった。
私は、さらに船の所有者を訊きだし、目的地を訊ねる。
「ラビアクラスト号の目的地ですか? 目的地は土星となっております」
クリスタルリングではなく、土星に行くのが目的?
私は目を細めて考える。
ここがおかしい。
あのラビアクラスト号の自動航行システムはこのステーションに行くように設定されていた。
太陽 · 水星 · 金星 · 地球 · 月 · 火星 · 木星 · 土星 · 天王星 · 海王星という配列の通り、
土星と海王星は方向が逆なのだ。
「本当に土星が目的地だったのですか?」
「はい。申請の書類には土星となっております。間違いありません」
「そうですか。ありがとうございます」
私は通信を切ると、報告する前に考えを纏めた。
まず、船名は商船ラビアクラスト号。3日前に天王星のステーションを土星に向けて出航した。
だがラビアクラスト号は3日後、土星とはまったく逆の海王星付近にあるクリスタルリングに救難信号を出しながら近づいてくる。
私たちが救難信号を探知し、救援に向かうと船の中は無人だった。
雑貨や食料品等の積荷、そして闇で捌ける宇宙船は残されており、略奪が目的だったとは考えにくい。
すると、唯一船から消え去った、人が目的なのだろうか?
……そう、考えるのが普通だろう。
……商船と訊いて一つ思い当たる節がある。それは恨みの可能性だ。
辺境宙域では娯楽が乏しく商人の間では賭博が流行っていると聞く。
勘だが、ラビアクラスト号の誰かは何者かに恨みをかっていた。
戦闘が行われなかった形跡がないのは相手と顔見知りだった為だ。
ラビアクラスト号は恐らく出航後に宙域で何者かに接触した。
そして隙をついて何者かは誰かを人質にとって仲間たちと共に船を制圧した。
救難信号が発せられたのは、捕まった乗組員の誰かがこちらにメッセージを送るため。
通信できなかったのは、見つかれば人質が害される恐れがあったためだ。
船を制圧した彼らは恨みをはらすべく自分たちの船に乗組員を連れて、その場を離れる。
全員連れて行ったのは口封じのため。
他の船に救難信号が探知できなかったのは、つい最近の出来事。
もちろん他の可能性もあるが、私は自分の勘に従って席を立つ。
そしてキャプテンと軍曹に私の推測を話すと、
許可を貰い、ラビアクラスト号の乗組員が、何らかのトラブルに巻き込まれていなかったか調べ始めた。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
「お手柄だったな。葵上等兵」
「いえ、たまたま私の勘が当たっただけです」
数日後。
思ったより簡単に事件は解決した。
私の推測通り、ラビアクラスト号の船長はギャンブルの金払いで揉めており、
その恨みからの場当たり的な犯行だったらしい。
犯人は土星で逮捕され、捕まった乗組員たちは数名を除き全員が無事だということだった。
なぜ犯人は全員を殺害しなかったのかと言うと、数名を殺したところで怖くなってきたとのことだったらしい。
ラビアクラスト号がクリスタルリングに向かっていたのは、咄嗟に思いついた偽装工作だったようだ。
それにしてはずいぶんお粗末な工作だが。
私個人としてはあまり事件の顛末には納得はしていないのだが、
なにはともあれ、私は大きな手柄をたて上等兵から兵長に昇進するのだった。
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- 2013/09/19(木) 00:00:01|
- 小説
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