陽が西に傾いたころ、僕はみさきちゃんの家に帰っていた。
調べれることは調べ、大体の事がわかったが、さらなる情報を得る為古い新聞やテレビを見まくって脳内に刻んでいく。
「ねぇ、家に連絡とれた?」
「いや・・・」
夕食時、テーブルを囲んでエビフライを食べる僕に、白いタンクトップに黄色のホットパンツを履いたみさきちゃんが尋ねてくる。
「それは心配ね。お金を貸してあげるから家に帰るといいわよ」
「はぁ・・・」
お姉さんこと高山結衣さんが気遣ったように箸を止め、僕の顔を見た。彼女はみさきちゃんより3つ年上の19歳のお姉さんらしい。
「なによ、その気の抜けたセリフ。家族が心配じゃないの?」
「そんなことないけど・・・」
煮え切れない僕の態度に、何かあったのかと察したのだろう。
ふたりは顔を見合わせてから、結衣お姉さんが気遣うように口を開いた。
「何かあったの?」
「特に何かあったというと訳じゃないですけど・・・」
「もう何よ、はっきりしないわね!」
みさきちゃんが我慢できないように僕の腕を肘で突いた。
「ごめん、ちょっと考え事をしてて」
「何よ、考え事って」
「それはその・・・」
なんて言えばいいだろう。
帰る家がないからずっと家に置いてくれとは、なかなか言えない。
でも言わなきゃ近いうちに宿無し犬だ。お金もないし、お先真っ暗としかいいようがない。
どう生きていくとかまるで想像がつかないのが辛いところだ。
「はっきり言いなさいよ」
「えっと・・・」
もう適当に言い訳してこの家に置いてもらえるようにするか。
金もないししょうがないよね。
僕は眉を顰めて、深刻そうな顔をする。
そして意を決したように今思いついた言い訳を口にした。
「実は家に連絡付いたんですけど、急遽家族が仕事の関係で外国に行くことになったから1年ほど家を空けるって・・・」
「へー、そうなんだ」
「うん」
そこで顔を俯き加減にする。
「それで暫くは一人で生活してくれって」
「そっかぁ、それは大変だね・・・」
そこで、シーンとなる室内。
ちょっと重苦しい空気が漂う。
「・・・さすがに生活費とか大丈夫だよね?」
たぶん、僕が交通費に困ってるのを思い出したのだろう。みさきちゃんが若干訊くのが怖いって感じで言う。
「いや・・・、うちの家族おっちょこちょいだから忘れてるかも・・・」
「ええっ!! それじゃあ、すぐに電話しなきゃ!」
「実はもう出発してるみたいで繋がらなくて・・・」
「ええっー!」
頭を抱える振りをして、どうしようと小声で呟く。
我ながらなかなかの演技だ。
怪しまれるかと思ったが、僕がこんな嘘をつく理由が思い至らないせいか今のところ上手くいっている。
「じゃあ、貯金とかは?」
「全然ない」
またシーンとなる室内。みさきちゃんが呆れてるのが見なくてもわかる。
みさきちゃんもなんと言っていいか口籠り、暫くしてからそれを打破するようにお姉さんが優しさを感じる口調で穏やかに言った。
「なら親が帰ってくるまでうちにいたらいいわよ。ひとりくらい増えたってウチは平気だし」
「えっ、いいんですか・・・?」
白々しく僕は顔を上げてお姉さんを見る。
見ず知らずの僕を泊めてくれたのだから、もしかしたらと思ったら賭けに勝ったようだ。
最低だと良心が怒りの声をあげたが、背に腹はかえられない。いざ明日が見えないとなると、これほど恐ろしいことはない。親の有難さを異世界にきてこれほど思い知らされるとは。
「ええ、いいわよ。みさきもいいわよね?」
「うん、お姉ちゃんがいいというなら私もOKだよ。これからよろしくね。新川さん」
「はい、よろしくお願いします!」
上手くいったと頭を神妙に下げる。
これで雨露はしのげる。後の事はこれからゆっくり考えればいい。
だが、その喜びも束の間、すぐにみさきちゃんの発した言葉に凍りついた。
「なら転校の手続きしないとね」
この言葉にショックを受ける。そうだった。ここで暮らすなら学校に行かないと。
「そうね、転校しないといけないわね」
お姉さんまでそう言って、僕は焦り始める。
このままだと身元を調べられるのは間違いない。そうなれば大変なことになる。
なにせ男がいない世界。並行世界だったとしても自分がいるとは思えない。いや、いたら別の意味で大変なことになるけど。
とにかく大ピンチだ。
「でも転校するなら手続きとか大変だし、ど、どうしよっかな~」
「大丈夫じゃない。転入届出したらそれでOKだし」
「えっ、そうなの?」
意外な言葉に驚く。
「そうだよ。他の県から逃げてきたりする人も多いし」
「ああ、なるほど・・・」
戦乱ゆえ。こういうことは珍しくないようだ。
考えてみれば身元も別の県という国な訳だし、詳しく調べられないかもしれない。
「だから一年後に東京に戻ればいいじゃない。それまではここにいるといいよ」
ニッコリ微笑んだみさきちゃんに、釣られて僕も微笑む。
身体の関係をもったせいか、彼女みたいに見えて愛おしくなった。この家に住んだらまたえっちできそう。
おちんちんの問題があるけど……。
僕は姿勢を正すと、頭を下げて礼を言った。
次の日の土曜の朝。僕は転校の手続きをするためにみさきちゃんと一緒に家を出た。
出るときに女子の制服を着せられそうで焦ったが、今日はなんとか言い訳して凌いだ。
しかしこれから通うとなると、これ以外にも様々な問題が起きそうで、それに対して色々対策を立てないといけないのが頭の痛いところだ。
昨日は手続きで身元がばれることばかりに頭がいって、通う事になった後の事を考えてなかったのが失敗だったが、今更断れそうにないし実に困ったことになった……。
やっぱりどうにかして断るか。いや、転校してから引きこもりになるかと考えていると、
隣で歩くみさきちゃんが、僕の前に少しまわって心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
「大丈夫? 顔色が悪いけど」
「うん」
みさきちゃんの顔が目の前に来て驚いたけど、ちゃんと返事をかえす。
これが童貞のときだったら、確実にどもってた。
「そう? ならいいけど緊張してるなら大丈夫だよ、みんな優しいからね」
「うん、ありがとう」
笑顔で返事をすると、やがて学生の数が多くなり緊張してくる。
僕はみさきちゃんとそれとなしに会話しながら歩くと、ついにこれから通う事になる三重国武士道第十六高等学校に辿り着いた。
「ここが私の学校。職員室はこっちだから正門からはいろ」
「………」
緊張から胸がいっぱいになり、なんとか頷くと校舎を見上げる。
校舎は僕の世界の学校と何も変わらなかった。
白い壁に3階建てのコンクリート造りの無機質な校舎。金が掛かってそうなので公立ではなく私立に見える。
女子高だし、もっと考えてから入学すればよかったと心の底から後悔した。
僕はみさきちゃんに連れられて玄関に入ると、スリッパに履き替える。
私服のせいなのかすれ違う女子生徒にジロジロ見られたが、それに気づかないようなふりをして職員室に辿り着いた。
「ちょっと待っててね。先生を呼んでくるから」
職員室のドアの前でみさきちゃんがそう言うと、失礼します!と元気よく言って中に入っていく。
僕は手持無沙汰になり、廊下の窓の外を見つめてると、すぐみさきちゃんが20代前半らしき先生を連れて戻ってきた。
「こんにちは、あなたが新川さん?」
「は、はい」
少し俯き加減で頷く。
「これから転入手続きをするので付いてきてね」
「はい」
張りつめた緊張のなか、僕はみさきちゃんと一緒に先生の後をついて校長室に入った。
「ようこそ、三重国武士道第十六高等学校へ。歓迎するよ、新川さん」
入った先にいたのは、これまた若い20代半ばの女校長先生だった。
昨日色々調べたけど、この世界には外見上年寄りがいない。恐らく人霊樹から人が産まれるからだと推測してるが、それがどういう原理なのか分からず不思議だ。僕の世界の人間が知ったら羨ましがるのは間違いないだろうが、自分としては微妙なところといったところだろう。
実際はいくつなのか考えないようにしながら、僕はある程度考えていた簡単な挨拶を口に出す。
「新川です。転入手続きよろしくお願いします」
「わかりました。この紙に必要事項を記入してくれるかな」
机の上に差し出された転入届に、みさきちゃんに助けてもらいながら氏名や住所などを記入していく。
内容からして証明書とかは必要なさそうで、とりあえずは一安心だ。
「さて、新川さんは東京から三重に来たと届けに書かれてますが理由は?」
「亡命です」
「亡命ですか。東京は現在周辺諸国と休戦状態と聞いてますが、どうして小競り合いの多い三重へ?」
「それは・・・」
少し言葉に詰まる。
ここまで突っ込まれるとは予想外だ。みさきちゃんが簡単な書類提出でOKだと言ってたので油断してた。
なんて答えようか少し迷ってると、みさきちゃんが助け舟を出すように校長の机に身を乗り出すようにして横から口を挟んだ。
「出世したくて来たんだよね!」
「えっ、まあ・・・」
思わず同意してしまった。
出世とかどういう意味だ。
「なるほど、東京はここ数年平和を維持してますからね。ここなら手柄を立てる機会もあるでしょう。では保護者は高山さんちのお姉さんの結衣さんということで間違いないですね」
「はい!」
なぜかみさきちゃんが快活に答える。
「ではあなたの実力をテストします。榊先生、お願いします」
「はい。では新川さんついてきて」
僕たちは校長先生に頭を下げて校長室から出た。
やばい緊張した。ばれないか冷や汗が出たよ。
出世とか気になるけど、あとで聞けばいいか。
僕らは先生の後について校庭に出た。
てっきり筆記テストだと思ってたけど、運動のテストをするらしい。
「では木刀を構えて」
黒のフレアスーツ姿の榊先生が、近くの体育倉庫から木刀を二本持って来て一本を僕に投げ渡す。
僕は言われた通り木刀を正眼に構えた。
「では私に打ちかかってきなさい」
「………」
戦国時代だからこういうことになってるのだろうか。
多分、武術の授業とかあるに違いないと思うけど、ある程度善戦しないと不合格にされるかもしれない。
「いきます・・・」
相手は女の先生だけど、構えなど堂々としたものだ。素人目にも達人レベルだと感覚で理解できる。
しかし女の人相手に本気で出来るわけがなく、ある程度手加減して袈裟切りに振り下ろした。
カン!
乾いた音が響き、軽く袈裟切りを横に払われる。
まさかこんなに簡単に凌がれるとは驚いた。手加減といってもかなりのスピードだったぞ。
「本気で来なさい!」
榊先生の真剣な眼差しに僕は覚悟する。
この人はプロだ。手加減は失礼にあたる。
僕は少し距離を取ると、腰を低くして居合切りの構えをとる。
これが僕の最速を出せると思える構え。正眼に構えると、木刀が少し重いせいで腕が疲れる。
これが現状のベストの選択だろう。
沈黙の時間。
みさきちゃんが見守るなか、一枚の落ち葉がふたりの間に漂うように飛んでくる。そして、落ち葉が地面に落ちた瞬間、僕は動いた。
腕に力を込め、右足を一歩前に出すと、そのまま横なぎに見せかけて、上段から斬りかかったのだ。
──ブンッ!!
完全なフェイント。居合が誰にでも知るなら横払いに気を付けるだろう。
榊先生とてそれに意識を集中していたはず。ならば反応できたとしても一瞬対処に遅れるはずだ。
現に先生は僕の予想通り、ワンテンポ遅れて木刀を振りあげようとしている。
だがそれでは遅い。
もう、僕の木刀は先生の肩口に入ろうとしている。
僕の確信が結果として表れようとしたとき、信じられないことに一瞬にして先生の木刀が振りあがり、木刀をガッシリ受け止めてしまった。
「なっ・・・」
驚きの声が漏れるのも束の間、先生はあっというまに僕の懐に潜り込むと下から突き上げるようにして、僕の喉に木刀の先端を突きつけた。
「ま、まいりました・・・」
「はい。試合終了です」
榊先生が木刀を戻し、僕はホッと脱力する。
なんて鮮やかさだ。絶対間に合わないと思ったが、目の錯覚か?
若干腑に落ちない感を胸に抱いたが、静かに木刀をおろして先生を見つめた。
「いいフェイントでした。なかなか新川さんは力がありますね。スピードもなかなかです」
そりゃあ男だしねと内心で思いながら、ありがとうございますと礼を言う。
「次は筆記テストを受けてもらいます。ついてきてください」
「はい・・・」
実技テストはどうだったんだろうと、不安に駆られながら先生について校舎に向かった。
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- 2016/01/09(土) 00:02:01|
- 小説
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