(誰だ……?)
俺は自分に視線を送る謎の女子生徒に顔を向ける。
この女の子は俺のクラスの女子じゃない。
見たことのない顔だ。
「………」
声をかけようか迷う。
髪の毛を後ろに束ねたお嬢様のような美しい顔立ちをしているのに、身体から発せられる雰囲気は不気味の一言だ。
人形のように身動きせず、俺から目を離さないからそう思うのかもしれないが。
無視して立ち去った方がいいのか。
俺はトイレも行きたいこともあり、そのまま彼女の脇を通り過ぎようとする。
ところがそこで始めて名前も知らない女が声を出した。
「あなたが2組の芝山勇太さまですね?」
「……そうだけど」
顔立ちから想像できない低い声で、俺は少し返事が遅れる。
「私は5組で肉便器長を務めている肉便器玲奈と申します。以後お見知りおきを」
そう言って完璧な動作で頭を下げる。
「それはご丁寧にどうも……」
あまりに丁寧だったため、俺も思わず深々と頭を下げる。
だが、次の瞬間彼女が何を言ったのか脳内で噛み砕き、俺は彼女に向けた視線を細めた。
なんだこいつ、ふざけてるのか?
自分を肉便器とか言うあたりふざけてるとしか思えない。
意味が分かってて言ってるのかも疑問だ。
それくらい彼女の挨拶は自然だった。
「さて。さっそくですが、あなたにお話しをしたいことがあります。お時間はよろしいでしょうか?」
「別にいいけど……」
一瞬何かの罠かと思ったが、人目のあるここで話をすれば問題ないだろうと了承する。
俺は牛沢のように色仕掛けで惑わされるようなことはない。ただでさえいっぱいいっぱいだし。
「では、こちらへ」
「ちょっと待ってくれ。ここじゃ駄目か? 俺はここで喋りたい。」
俺をどこかへ連れて行こうとするこの女に牽制する。
例え人目のあるところだろうと、ふざけた挨拶をする奴にノコノコついていくつもりはない。
そもそも何が目的だ。後ろ暗いことがなければここで喋れるはずだ。
「分かりました。ではここでお話し致します。」
あっさり向き直った玲奈。
その目はどこかおかしい。レイプ目ってやつか。
「実は我が主人、秋川は貴方と同盟を結びたいと望んでおります。どうでしょう。私どもと同盟を結んでいただけないでしょうか?」
「……同盟?」
俺はとぼけた振りをする。
敵になるかもしれない秋川に俺が他のクラスの男たちと同盟を結んでることを教えるつもりはない。
同盟を結んでることをどこからか聞きつけたのか、それとも自分で考え付いたのかでも大きく意味合いが違ってくる。
前者ならこちらがかなり有利に、後者なら彼等の同盟を結ぶメリットが聞きたい。
「はい。秋川は芝山勇太さまの提唱なさった同盟にいたく賛同されまして、是非自分も微力ながら勇太さまにお力をお貸し致したいと申しております。
いかがでしょうか。同盟の一員に加えていただけないでしょうか?」
「………」
どうやら俺が同盟を結んでることを耳にしてきたようだ。
かなり下手な言いようは自分たちの立場を分かっているからだろう。
もしかしたら俺が誰と同盟を結んでいるのかも知っているのかもしれない。
俺は表情を崩さぬよう考える。
今の俺の立場はかなり上だ。
秋川は是非俺と、いや俺たちと同盟を結びたいだろうし、ターゲットにはなりたくないはずだ。
同盟を入れる条件として所有物の譲渡などの要求を呑むかもしれない。なにせ奴は1位だったはずだ。多少の妥協はするだろう。
(桜がここにいないのが痛いな……。)
あいつは俺が秋川と同盟を結ぶのを反対していたが、有利な条件で同盟を結べるとしたら考えをかえるかもしれない。
俺よりずっといい要求を呑ませることも可能なはずだ。
俺はトイレに行く途中なのを思いだし、玲奈に言った。
「ちょっと考えさせてくれないか。急に言われても答えれないし」
「わかりました。では2日後に……」
そう言って玲奈は頭を下げると、最後までレイプ目のままで俺の前から立ち去った。
なんか色々聞きたかったんだけど、結局聞けずじまいだった。
あの玲奈という奴の独特の雰囲気と、自分を肉便器なんておかしなことをいうせいだ。
なんか壊れてるっぽいし。
後で桜に相談するとしよう。
「だめよ。秋川とは同盟を結ばないわ」
「なんでだ?」
トイレを終え、教室に帰った俺を待っていたのは、桜の冷たい切り捨てるような言葉だった。
前も思ったけど、この拒絶感はなんなんだ。
ちっとも考えるそぶりを見せなかったし、よほど秋川のような女の子を軽視するような奴が嫌いなんだろうか?
気持ちはわかるんだけど、条件付き同盟なら悪くないと思うんだけどな。
俺は腕を組んで考える。
いや、それとも桜は秋川も狙ってるんだろうか?
これはありえるかもしれない。
牛坂が罠にかからない以上、秋川から所有物を奪うことも考えなければならない。
仲山と海森と同盟を組んでる以上、秋川しか取れないし。
俺はなるほどと頷き、桜に訂正の言葉を告げる。
「ごめん、ちょっと考えたら分かったわ。秋川と同盟を組むのはなしだ。理由もわかったし」
「そう、ならよかったわ。そこまで頭が悪くなくて」
「………」
もう頭の中で突っ込むのも疲れたな。
これからは突っ込んだら俺の負けだと思っておこう。
「じゃあ、今度来たとき伝えとくよ。」
「ええ、お願いね。色香に騙されて同盟を結んじゃ駄目よ」
「いや、それはないから」
結局軽口で突っ込みながら、俺は自分にまとわりついてくる奈々と一緒に自分の自分の席に戻った。
そして奈々の雑談を始めようとしたところで、まだ昼休みも終わってないというのに担任がやってきた。
「芝山くん、ゲームを盛り上げるためにアイテムが放課後から販売されることになったから見ておいて」
「……アイテムですか?」
不審げに担任を見る俺に対し、担任は一枚のプリントを差し出してくる。
「ここにアイテムについての詳細が書かれてるわ。頑張ってね。応援してるから」
そういうと、担任の女教師は教室から出て行った。
俺は一足先にプリントを覗きこんでくる奈々を少しどかしながら内容について目を通し始めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アイテム販売について。
みなさんこんにちは。校長の三島です。
ゲームが始まってそろそろ3週間になろうとしてますが、はりきってセックスしてますか?
いえ、愚問でしたね。男の子なんだからヤリまくりに決まってますよね。
私ももう少し若ければ……。いえ、なんでもありません。
では本題に入りましょう。
本日午後16時半より中央校舎購買部でゲームを有利に進めるアイテムが限定販売されます。
興味のある人はこれを機会に是非ゲットしてゲームを楽しんでください。
販売されるアイテムは以下の通りです。
◇校外チケット 『10ポイント』効果来年3月末まで 校長にチケットを渡した後、校外で女性を襲うことが出来る。 対象1名限定
※対象女性の膣内に精液を出すことができれば他人の所有物でない限り自分の所有物にすることが出来る。
◇上書き薬 『20ポイント』効果薬を服用後1時間 所有者の決まった女性と性交することで自分の所有物に変えることが出来る。 対象1名
※所有物になった場合の効果は既存の所有物と同じ扱いになる。
◇嘘発見チケット 『25ポイント』質問回数3回 このチケットを持つ所有者の質問に嘘偽りなく答えなくてはならない。 女性限定 対象複数
※なお質問に嘘偽りを述べた場合、女性はこの学園における全ての権利を失う。
◇性欲抑制ドリンク 『20ポイント』効果約3日 これを全て飲んだ者は性欲を著しく減退する。 効果男女。
◇隠された情報 『30ポイント』 ポイントを沢山貰える対象者が記されたプリント。
なお、販売されるアイテムはそれぞれ限定1。
購買部で皆さんが獲得したポイントと引き換えに購入できます。
皆さん分かりましたか?
簡単だから分かりましたよね。ではまたの機会にお会いしましょう。
皆さんの愛する校長。三島より♥
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「………」
なんだこのプリントは……。
やってる俺たちにとっては楽しいゲームじゃないっての!
しかもいい感じで来てたのに、いきなりゲームバランス崩壊させるようなアイテムを追加しやがってっ!!
怒りと呆れが同時に俺を襲い、思わずプリントをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げたくなる。
肩越しに覗きこんでいた奈々といえば、目を丸くして「校長先生ってこんなおちゃめな先生だったんだ」とかズレた事言ってるし、もうね。頭が痛くなってきたよ。
このゲームが狂ってるのもきっと校長の頭も狂ってるからに違いないな。うん。間違いない。
それにしてもあのもじゃもじゃ頭のおばさん校長がセックスについて語るとか……。
なんか顔を思い浮かべただけで訳もなく吐き気がしてくるな。
特に最後の三島より♥とか痛々しすぎるだろ。
思わず顔が険しくなり、プリントを持つ手に力が入ると桜が何事かとこちらに向かってやってきた。
「どうしたの、何かあった?」
「うん、桜ちゃん。これを見て」
奈々が俺の持ったプリントを受け取り桜に手渡した。
「これは?」
「さっき担任が俺に渡したプリントだよ。誰かのいたずらってわけじゃないと思う」
真顔で目を通し始めた桜。
プリントの内容を熟読しているようだ。
声をかけるのも躊躇われる。
「まるでテレビゲームね。」
読み終えた桜が顔をプリントからあげて口を開いた。
まったくだと、俺が軽く頷くと、桜は続けて言う。
「ポイントという時点でこれも薄々予想で来ていたことだけど、思ったよりえぐいアイテムが販売されなくて良かったわ。
でもいくつかのアイテムは私たちを窮地に追いやるものがあるわね。手に入れる手に入れないにせよ。誰がそれを入手するかきちんと把握する必要があるわ」
「そうだな。」
俺が同意するように言うと、奈々が口をはさんだ。
「どれが特に危ないの?」
「そうだな。俺の見立てでは『上書き薬』が一番危なさそうだな。俺と奈々が引き離されそうだし」
「ふ~ん」
興味なさそうに奈々がプリントに再び視線をやる。
奈々のことだからもっと大慌てすると思ったんだが、プリントを見ててちゃんと聞いてなかったのか?
反応が少し冷めている。
「でもアイテムを買うと、ポイント減っちゃうから厳しいよね。勇太はアイテムを買うの?」
「いや、決めてないけど。でもできたら欲しいかな。特に上書き薬とか……。」
俺がプリントに指をさして桜の顔色を窺う。
反対するかもと思ったからだ。
「……そうね。購入するならそれが一番無難でしょうね。隠された情報というのも気になるけど、リスクもあるし買わない方がいいわね」
「なんでだ?」
「30ポイント払うってことは、きっと書かれてる内容はそれ以上に価値のあるものなのでしょうけど、そう簡単に対象者とセックスできるかどうかは微妙よ。
例えばだけど、もしうちの担任が高ポイントだったとしても、既に誰かの所有物になってる可能性もあるし迂闊に抱けないわ。つまり情報を知っても手を出せることとはまた別の問題ってことよ」
「なるほどな」
俺は頷く。
「ここでポイントを使わなければ誰かと順位が入れ替わる可能性もあるから使いたくないのは本音だけど、私たちの関係上『上書き薬』は必ず手に入れるべきだわ。放課後にさっそく購買部に行きましょう」
午後15時45分。
俺と桜は授業が終わる鐘がなると同時に、掃除当番の奈々を残してさっそく中央校舎購買部へやってきた。
30分以上前に来たのだから、俺たちが一番乗りだと思ったのだがすでに先客がいる。
いったい誰なんだと目を凝らすと、その先客が後ろを振り返った。
「やぁ、お先に並ばせてもらってるよ」
クイっと眼鏡をあげて俺に挨拶をしたのは4組の海森縁。
すでに購買部で、アイテムが販売されるのを今か今かと待ちかねるように一番前でポツンと立っている。
他の奴はまだ来てないようだ。誰もいない。
「……ずいぶん早いんだな。俺たちも授業が終わってから結構急いで来たつもりだったんだが……」
「ふふ…。そりゃあそうだろうね。僕は前の時間を休んで並んでるからね。一番早いのは仕方ないと思うよ」
(こいつ……。)
俺は背筋を一瞬凍らせる。
表情は笑顔のままだが、眼鏡の奥の目は冷たく光っている。
いったい何が欲しいのか知らないが、こいつにアイテムを渡してはいけないと直観的に感じる。
「海森、おまえ何が欲しいんだ……?」
「僕かい? 僕は上書き薬が欲しいんだよ。あれいいよね」
それを聞いて俺は内心で苦虫を噛み潰す。
駄目だ。こいつは俺と欲しいのがかぶってる。このままではこいつに上書き薬が買われてしまう。
「なぁ海森。相談なんだが、俺に上書き薬を譲ってくれないか? 俺もそれが欲しいんだ。」
「……へー、そうなのかい。でも僕もかなり前から並んでるからね。残念だけどそれは譲れないよ」
笑顔で拒否する海森。だが俺もそう簡単には引き下がれない。
「そこをなんとか頼む。同盟を組んでる仲じゃないか。牛坂からポイントを奪うのは俺の役目のはずだ。お前が持ってても仕方ないだろう。」
「そうだけど保険だよ。昨日の友は今日の敵って言うだろ? 僕も安心したいのさ」
くっ、言い返せない。
このまましつこく食い下がってこいつの心証を悪くするのはよくない。
同盟を信じてこのまま諦めるか?
俺は隣の桜に指示を求めるように視線を送ると、桜は助け舟を出すように口を開いた。
「その言い方だと、将来私たちと敵対する意思があるって聞こえるけど?」
「……言い方が悪かったかな。別に僕は君たちと敵対するつもりはないさ。さっきも言ったけど保険だよ。何が起こるかわかんないからね。
でもそうだね。そこまで言うなら上書き薬を譲ってあげてもいい。だけど条件がある。それを飲めるかい?」
海森がメガネをクイっと持ち上げる。
「なにかしら条件って。」
「トレードさ。ルールには『自分所有の女性を他の男子の所有する女性とトレードすることができる。』って記述があるだろう。
そこで僕の所有物1名とそこの芝山くんの幼馴染、瀬戸宮奈々さんを交換してくれないかい? それなら僕も安心できるから譲ってあげてもいい。」
絶句する。
そんな条件飲めるわけがない。
人質のつもりだろうが、もしそんなことしたら俺と奈々が引き離されるだけでなく、最悪こいつに手を出されるかもしれない。絶対に無理だ。
「他の条件は駄目かしら?」
「ダメだね。あんまり君たちがしつこいと僕も疑ってしまうよ。君たちが僕から所有物を奪おうとしてるんじゃないかとね」
さすがにこれには桜もお手上げのようだ。
俺に首を振って諦めの意志を示す。
海森は俺たちが納得したのを見ると、フッと笑ってから再び前を向いて話は終わった。
5分後。次にやってきたのは自分の事を肉便器玲奈だと言ったあの女だった。
彼女は俺たちが並んでいるのを見ると、無言で後ろに並ぶ。
俺は顔見知りのこともあり、玲奈に話しかけた。
「今日も1人か。秋川はどうした?」
「秋川さまは来られません。牛坂さまとお会いするのが嫌なんだそうです」
「ああ、なるほどな。」
確か秋川のクラスは牛坂に襲われたはずだ。秋川からすればウシと顔を会わせるのは嫌だってことか。
まあそうだろうな。自分の所有物を知らない間に無差別に襲われたんだし。
俺は納得すると、続けて海森に言った質問を玲奈にも言う。
「秋川は何が欲しいんだ?」
「……それはお答えできません。秋川さまからも固く口止めされております。」
「いや、どっちみち俺の後ろなんだからすぐ分かるだろ。今言っても変わらないと思うんだが」
「いいえ、私が欲しい物を言えば芝山さまは考えを変えてそれを手に入れようとするかもしれません。ですのでお教えすることはできません」
「そうか」
ちっ、引っかからなかったか。
もっとも知ったところで上書き薬しかいらないんだが。というか今並んでるのも海森の気が変わって他のアイテムを買うかもしれないからだしな。
それにしても牛坂や仲山はまだ来ないな。
アイテムが重要なのは分かってると思うんだが。
こそうして玲奈とも喋り終え、待っていると。
販売まであと5分といったところで、ようやく仲山があの気の強い山根というツインテールという一緒にやってきた。
しかし彼らは、列に並ぶことをせず横からこちらを観察するような位置に立った。
(並ばないのか?)
せっかく来たと言うのに列に並ばず、じっと販売時間を待つ仲山たちに密かに視線を送る。
だが、彼らはまったく並ぶ様子がない。
「彼らは私たちが何を買いに来たのか見に来たみたいね。」
桜が隣で前を向いたまま言う。
トップなんだから何か買ってもいいと思うんだが、余裕なんだな。
俺は仲山のポイント数を思い出して内心で軽く溜息をついた。
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- 2013/05/26(日) 11:42:38|
- 小説
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