「えっ、千夏。その話本当なの? 真紀が水泳部の犬崎先輩に誘われて海に行ったって話」
「うん。確かだよ。今日の朝出発したから、今頃海かも」
騒がしい学園祭も終わって1週間、すっかり元の日常に戻ったティアナは、教室で友人の千夏とおしゃべりをしていた。
今話題になっているのは、親友の天野真紀の話。
土曜である今日。真紀がお休みだったので、心配になって千夏に何か知ってないか聞いたところ、
こういう話が出てきたのだ。
「じゃあ、ふたりっきりで旅行に行ったの?」
「ううん、なんでもAV部の人も一緒って聞いたけど」
「えっ、それって……」
ティアナは焦る。この旅行で何が行われるか想像してしまったからである。
「それって山田くん知らないよね?」
「知ってるよ。真紀ちゃんから直接聞いたみたいだし」
千夏が、山田の方を見ると、山田は机につっぷしてうんうん病人のように唸ってる。
ティアナが千夏から離れ、山田の傍に行くと、山田はぶつぶつ独り言を言っていた。
「もういいんだ。俺なんて……もう終わりだ」
かなり重症のようだ。よほど真紀が男と一緒に旅行に行ったのがショックなのだろう。
机に寝かせた顔が虚ろになっている。
ティアナは溜息をつくと、山田の背中を揺すって意識を取り戻させた。
「話を聞いたよ。真紀が海に行ったんだってね」
「………」
「いいの、このままで? このままだと真紀はどんどん遠くに行っちゃうよ」
「……わかってるよ。でもどうすりゃいいんだよ。俺は天野に言われたんだぞ。明日、あのクソイケメンと海に泊まりで行くって」
悔しそうに山田は拳を握りしめた。
「……好きなら取り返しに行くべきなんじゃないかな」
「えっ……」
そこで第3者の声が聞こえ、山田とティアナが振り向くと、いつのまにか千夏が傍に立っていた。
「寝取られたなら寝取り返せばいい。そうでしょ?」
「……そうだな。その通りだ」
山田が光明を見出したように表情を明るくさせると、立ち上がってティアナたちに礼を言った。
「すまん。俺どうかしてた。こんなところでウジウジ悩んでも仕方ないってのによ。
そうだよな。寝取られたなら寝取り返せばいいんだ……。どうして俺はこんなことに気付かなかったのか」
少し照れたように坊主頭をガリガリする山田。
それを見たティアナが応援するように口を開く。
「がんばって。今からならまだ間に合うよ。場所は知ってるんでしょ?」
「ああ、生徒が行くなら海の傍の学園所有の合宿所だ。あそこは生徒なら無料だし、かなり豪華だからな」
そう言うと山田は、こうしてはいられないとばかりに、慌てて教室から出て行った。
恐らく用意をして取り返しに行くのだろう。
ティアナはそれを後ろからみて微笑む。
いつみてもあのような決意を決めた男の背中を見るのはいいものだ。
結構ドキドキする。
ティアナは隣の千夏と顔を見合わせ微笑んでいたが、あることに気付いてポツリと言葉を漏らした。
「山田くん1人で行くのかな? 向こうは大人数なのに」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・
あれからティアナと千夏は山田を探したのだが、もうすでに出かけたのか、山田の姿はついに見つからなかった。
連絡を取ろうにも携帯を切っているらしく、捕まらない。
優斗や信也にも連絡してみたのだが、こちらも電話に一切出なかった。
「どうなってるんだろ。3人とも学園にいないみたいだし」
「うん。おかしいよね」
山田が出かけて行ったあとの時間、山田だけでなく優斗や信也も授業にでなかったのだ。
おかしいと思うのは当然である。
「大丈夫かな。きっと3人で取り返しに行ったんだよね」
「うん……、心配だね」
同じ班のうち4人が抜けて、すっかり寂しくなったティアナたちの班。
自分たちだけが待っていていいのかと焦りの気持ちが芽生えてくる。
「ねぇ千夏。ボクたちも行こっか。男連中だけでは心配だし」
「そうだね。私たちも行こう。あの3人だけだとヘマをやりそうだしね」
普段おとなしい千夏が茶髪のショートボブを微かに揺らして微笑んだ。
ふたりは頷きあうと、鞄をひっさげ校門を出る。
目指すは合宿所だ。
◇
「たのむ、おまえら。どうか俺に力を貸してくれ!」
ティアナたちが決意した少し前、山田は屋上で信也と優斗に土下座していた。
ふたりは顔を見合わせ、またかという表情をする。
「今度はいったいどうしたんだ?」
信也が言う。
「実は天野を取り返したいんだ。あのクソイケメンからっ!」
「あのイケメンってことは、犬崎先輩のことか……」
優斗が腕を組んでポツリと呟く。
「ああ、あいつは今、天野を連れて海にAV部と一緒に撮影に行っちまったんだ。
このままじゃ、天野はAV女優にされちまう。なんとか取り返したいんだ。お願いだ、頼む!」
そう言うと、再び山田はコンクリートに額を擦りつけた。
「いや、まぁ……。おまえの頼みなら聞かないわけでもないんだが、真紀ちゃんだって俺たちの友達だしな。
でも撮影場所とかわかってるのか。海って言っても広いぞ」
「それなら大丈夫だ。俺に任せてくれ!」
頭をあげた山田が、自信たっぷりに右拳を突き上げた。
「なら行くか。海へ取り返しに」
信也と優斗は頷くと山田の後にしたがって、海へと向かうのだった。
◇
海、いや、真紀の元に先に辿り着いたのは、予想に反してティアナたちが先だった。
ティアナたちは、先に行ったと思われる山田たちに追いつくため、すぐに海に向かい、
山田たちは万難を廃して奪還すべく、街へ買い物に行ったからである。
熱い日差しの照りつけるなか、制服のまま、真紀が泊まるであろう宿泊所に来たティアナたちはそこで戸惑う。
宿泊施設があまりにも巨大だったからだ。
旧人類が使っていた宿泊施設をそのまま使用しているとのことだったが、この3階建てのどこかにいるであろう真紀を探すのは骨が折れるだろう。
「どうする? 真紀に電話してみる?」
「だめ、そんなことしたら他の男にも気づかれるわ。ダメ元で宿泊施設の従業員に聞きましょ。
ワークヒューマンの人だと思うからちょっと脅したら教えてくれるかも」
ティアナと千夏が宿泊施設に入っていく。
ちなみにティアナも携帯を持っているが、それは学園から支給されたからである。
だが、このことは幸太たちには言っていない。
それは教えることが、なんとなく裏切り行為をしているようで嫌だったからだ。
そう、ティアナの心は少しずつ新人類側へと傾き始めていたのだ。
ある意味クレアの懸念が当たったとも言える。
「すいません、ちょっとお聞きしたいんですが、ここに天野真紀って学生が泊まってますよね。どこの部屋に泊まっているか教えてくれますか?」
玄関の大ホール。お客さんを迎えるカウンターで、ホテルマンの格好をした従業員に千夏は訊いた。
「お客様、誠に申し訳ありません。当宿泊所ではお客様の情報を漏らすことはできません」
「あなたはワークヒューマンの従業員よね?」
そう答えられるのを予想していたとばかりに、すかさず千夏が普段と違って強気の姿勢を見せた。
ホテルの従業員といえば、千夏の様子に顔を青ざめさせている。
ワークヒューマンにとって新人類は絶対の存在だから仕方がないだろう。
彼には可哀想だが、これも真紀を救うためだ。少し我慢してもらおう。
「ちょっとしたヒントでもいいの。教えてくれる。あなたには迷惑をかけないわ」
そこで千夏は急に表情を緩め、優しく言った。
従業員はコクコクと人形のように頷きながら、口を開く。
「先ほど高校生の一団が海に行かれました。お客様のお探しの人物がそこにいるかは分かりませんが、私が言えるのはそこまでです」
「ありがとう」
千夏が礼を言ってそこを離れる。
そしてティアナと一緒に宿泊所の外に出た。
「千夏、真紀が海にいると思う?」
「分からない。でもわざわざあんなことを言うってことは、可能性が高いかも」
「そうだね。行ってみよ」
ふたりは宿泊所前の海水浴場に足を向けるのだった。
砂浜に行くと、確かに制服を着た一団がいた。
少し距離が離れているけど、その中に女子生徒がいるのが見える。
「真紀ちゃんだ」
千夏が小さく声をあげ、ティアナに教えた。
確かにいる。
こちらには気づいていないが、確かに真紀だ。
彼女は青いビキニを着て、ポニーテールを整えている。
男子たちは砂浜にパラソルをたて、ビニールシートを敷いて、カメラの機材やら荷物を置いている。
「どうするの? ティアナちゃん」
「どうするって、う~ん」
ティアナは考える。
見たところ山田たちはいないようだ。どこをほっつき歩いているのか、自分たちの方が早く着いてしまったとみえる。
(もう何してるのよ。このままじゃAV撮影始まっちゃうよ!)
目の前の男子がビデオカメラをチェックし、監督らしき男子が脚本を見ながら、部員に指示を出している。
このままでは遠からず撮影は始まり、より状況は最悪の方へ傾くだろう。
まさかと思うがネット配信だったりしたらとんでもないことになる。
「なんとかして撮影を邪魔しよ、このままじゃ真紀が大変なことになっちゃう」
「うん、わかった」
ティアナと千夏は頷きあうと、相談の上、ホテルからモップでも借りて武器にしようと決め、一旦この場から引き返そうとする。
だが、そこで予想もしない最悪な出来事が起き、その足は止まった。
「やっぱり来たね。てっきりあの丸坊主が来ると思ったんだがな」
ティアナたちは、いつのまにか犬崎翔とAV部員らしき数人の男子に背後を取られていたのだった。
「いつのまに……」
ティアナは唇を噛みしめる。
まったく気づかなかった。いかに砂浜の集団に気を取られていたとはいえ、こうも容易く近寄られるなんて。
ティアナは軽いショック受け、立ち直ると、改めて自分たちを取り囲む男たちを見る。すると相手は、犬崎翔と名前も知らない男子の5人だった。
正直、武器があればなんでもない数だが、今持っているのは学生鞄だけ。
これでは武器として頼りがないし、逃げるにしても自分はともかく、身体能力は目の前の男子たちと大して変りない千夏は捕まってしまうだろう。
「ごめんなさい。誰ですか? 私たちは海に遊びに来ただけなんですけど……」
千夏は咄嗟に、まったく他人の振りをして切り抜けようとする。
しかし、翔はそれを見てせせら笑った。
「三文芝居はやめてほしいな。君たちが真紀と同じクラスメイトなのは分かってるんだ。フェラチオ喫茶で見たからね。
そうだな。おまえら!」
「ああ、千夏ちゃん俺のこと覚えてる? フェラ最高だったよ。また俺のちんぽをチュウチュウ吸ってほしいな」
あっ!と、気づいたように千夏は目を見張る。
どうやら目の前の男子の1人が千夏の客だったようだ。
かなりびっくりして言葉を失っている。
「どうやら理解できたようだね。さぁこっちに来てもらおうか。色々聞きたいことがある」
こうしてティアナと千夏は、そのまま翔たちに捕まってしまうのだった。
「おおーい、賭けは俺の勝ちだな。やっぱりネズミが入り込んでやがったぞ。俺の言った通りだろうが」
「まさか本当に来るとはね。君の言った通りだ」
ティアナたちの両手を腰の後ろで拘束し、砂浜のAV部の監督に話しかける翔は、
得意満面の顔でどうだと言った。
「離してください。本当に無関係なんです」
この期に及んでもなんとか逃れようと、千夏は苦しい言い訳をする。
真紀を助けるには、ここからなんとか逃れないといけない。
こうなったら山田たちが到着するのを待ち、そこで真紀の救出作戦を実行するしかない。
しかし、自分たちまで人質のような形になってしまえば、山田たちの救出劇も厳しくなるだろう。
「見苦しいね。こういう見苦しい女の子には是非、僕たちが撮影するAVに出演してもらわないといけないよな」
そうだそうだ!と部員たちから同意する声が上がる。
「ティアナちゃん……」
「………」
どうしよう……という表情を浮かべ、千夏がティアナの顔を見る。
ティアナといえば、黙ったまま肉食獣のように隙を窺っていた。
このAV部の監督を逆に人質に捕れば、交渉で逃げ出せるのではないかと考えていたからである。
「2人とも……どうしてここに」
ティアナたちが捕まったと聞いて、波打ち際にいたビキニ姿の真紀がやってきて驚いた顔を見せた。
「真紀ちゃん、一緒に家に帰ろう。みんな心配してるよ!」
千夏が両手を腰の後ろで拘束されながら訴える。
しかし、真紀は首を振って答えた。
「ごめん。わたしは帰れない。ここでAVに出演したら、翔先輩がもっとわたしを愛してくれるって言ってくれたの。
だがら心配してくれたのは嬉しいけど、帰れない……」
「真紀……」
ティアナと千夏がシュンとする。
真紀の翔への想いは強くなっているようだ。山田を焚きつけたのは良かったが、これでは来ても取り返せるか怪しい。
これはかなり難易度が高い説得になりそうだ。
部長が脚本を丸めてポンポンと手の平で叩いた。
「ふたりとも水着に着替えてもらうか。2人ともAV出演決定だ!」
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- 2013/08/03(土) 00:00:16|
- 小説
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