「ごめんなさい。姉が変なこと言って」
「いや、美羽ちゃんが謝ることないって。あいつの口が悪いだけなんだし」
「でも姉が浩介さんに突っかかっていったのは事実ですし。いつもはあんなこと言う姉じゃないんですが……」
少し肩を落としてしょぼんとする美羽ちゃん。
掃除は終わったのだが、元気がない。
色葉の奴は掃除が終わると、さっさと帰ってしまった。
美羽ちゃんを置いていくとは薄情な奴だ。
俺と美羽ちゃんは一緒に下駄箱に向かう。
なんとなくしんみりする。
こんなに元気のない美羽ちゃんを見ると、俺も言い返さなきゃよかったと後悔してきてしまう。
俺は無言のまま靴を履きかえて外に出る。
外はすっかり茜色に染まり、カアカアとカラスが鳴いている。
俺は美羽ちゃんを送っていくことを決め、声をかけた。
「美羽ちゃん送っていくよ。ちょっとごたごたして遅くなったし」
「……ありがとうございます。でもこのくらいの時間なら大丈夫ですので……」
「そっか。でも途中まで送っていくよ。今日の事は俺が原因だし……ね」
沈黙した美羽ちゃん。
しかしすぐに微笑んで俺に言った。
「わかりました。では浩介さんお願いしますね」
俺と美羽ちゃんは夕暮れの中、ふたりで歩く。
辺りは恐ろしいくらいに茜色に染まり、何か別の世界にでも来たようだ。
美羽ちゃんの神社はここからあまり遠くないようで、内心でホッとする。
美羽ちゃんが遠くに住んでいて自転車通学とかだったら、歩きの俺が足手まといで迷惑をかけるところだった。
しかし考えてみたら女の子を家に送るなんてこと初めてしてるなと、少し胸が高鳴る。
「男の人に送られるなんて初めてです」
夕日に照らされ茜色に染まった美羽ちゃんが微笑む。
そうか。美羽ちゃんも俺と同じだったんだと、心があったかくなる。
「俺だって女の子を送るの初めてだよ。こんな可愛い子なんてね」
自分でもクサイセリフを吐いてるなと思ったが、嬉しかったのだから仕方ない。
美羽ちゃんは、突然そんなこと言われて驚いたのか、顔を俯かせてしまった。
やばい滑ったかなと思いつつも、やっぱり美羽ちゃんは可愛い。
「浩介さんはプレイボーイなんですね。花梨ちゃんとも仲良いみたいですし……」
「いや、全然そんなことないよ。こんなこと言ったのは美羽ちゃんが初めてだし」
なんかドツボに嵌っていってるなと頭で思いつつ答える。
「こういうところも女ったらしっぽいです。姉さんがさっき言ったこと当たってたかな」
「おいおい、それはないよ。美羽ちゃん」
冗談めかして言った美羽ちゃんに合せて俺も冗談っぽく言い返して互いに笑う。
美羽ちゃんとも気が合いそうだ。花梨とは違った意味で。
「美羽ちゃんは神社に住んでるんだよね。どんな神社なの?」
「えっと、それは……」
少し言い淀んだ美羽ちゃん。心なしか美羽ちゃんの頬がより赤くなった。
「どうしたの?」
「い、いえ。なんでもないです」
ごまかすように頭をふった美羽ちゃん。
俺は神社の事に触れられたくなかったのかと察する。
色葉みたいな姉がいるし、家庭の事情が大変なのかもなと邪推してしまう。
だからそれ以上深くは聞かず、お互いの趣味に話題を変えて、帰り道を歩いた。
・・・・・・
・・・・
・・・
「浩介さん、送ってくれてありがとうございました。とても楽しかったです」
「いや、俺も楽しかったよ」
浩介さんと呼ばれるようになったくすぐったさも感じながら、俺は笑って手を振る。
──結局、神社までは送ってくれなくていいと言われた。
姉に見つかればまた一悶着があるかもしれないと思ったのだろう。
言葉にしなくても俺にも分かる。
「じゃあ、俺はこれで」
「はい。ありがとうございました」
俺は神社の姿を見ることなく、途中で別れた。
なんとなく後ろ髪を引かれるようなおもいで。
水曜日。
俺は朝から不機嫌そうなオーラーを放つ色葉と関わらず一日を過ごした。
クラスのみんなも俺と色葉の間に何かあったのかを感じとり、花梨などが密かに何があったのか聞いてくるが、俺は何もないと答えた。
聞けば色葉も同じように答えているようだ。
事情を知る美羽ちゃんは少し困った顔をしている。
──ごめん美羽ちゃん。こればっかりは譲れない。
別にあいつが嫌いなわけじゃないが、相性があわないことはある。
口をきいたら喧嘩になりそうなんだ。
俺はチラリと横目で色葉の姿を目に入れながら思う。
もしかしたら俺と色葉が同じ歳なのも関係しているかもしれない。
どっちかが強気に出た場合、この学校だと年齢差が解決してくれることもある。
だけど俺と色葉は同じ歳だ。だから譲れない。意地みたいなものでぶつかりあってる。
先に口をきいたら負けな気分になってくるのだ。
俺は密かに溜息をつきながら、机に肘をついて顎を乗せる。
色葉は文句なく美人だ。
グラマーな身体にポニーテールがよく似合っている。
透き通った美人といったほうがいいだろうか。切れながの二重の目、スッキリと通った鼻筋、形のいい薄い唇。
正直、俺とは容姿が天と地ほどもある。
しかもこいつは頭がいいと美羽ちゃんから昨日聞いた。
スペック差でいえば圧倒的敗北だろう。へこむ。
とりあえずは今日は関わらないようにしようと決めた。
昼休みになった。
俺は昨日のことがあるから色葉と顔を会わせて飯を食べたくなく、外で食べると断ってひとり校舎を出た。
あいにくの曇り空だ。
俺の心を表しているようで自然と表情が曇る。
俺は校舎前にある日当たりのいい階段でお弁当をひろげると、から揚げをおかずにおにぎりを食べる。
弁当だけは美味い。今日に限ってはこれが唯一の楽しみだ。
何も考えずに済む。
ほとんど使われることのないグラウンドを見ながら、俺は一人弁当を楽しんで心を穏やかにさせていたが、
後ろから花梨に声をかけられて少し顔を傾けた。
「どうしてみんなと一緒にお弁当を食べないの?」
(知ってるくせに)
俺は内心で毒づく。
この一時を邪魔した花梨に少し噛みつきたい気分だ。
「別に……。ただ外で弁当を食べたかっただけだよ」
「ふ~ん。じゃあ、私もここで食べよっと」
俺の隣に座り、お弁当を拡げる花梨。
俺が少し顔を顰めたのも気にしていないようだ。
当たり前のようにお弁当を食べはじめる。
「ねぇ、今日の放課後は部活でるでしょ? 生徒は絶対参加なんだよ」
「……出るよ。絶対参加ならな」
「ちょっと何をふてくされてるのか知らないけど、色葉ちゃんと仲直りしなよ」
「別にふてくされてないし、喧嘩などしていない」
何こいつが俺をガキ扱いにしてるんだ。普通、逆だろ。
俺は3つ目のおにぎりを口にしながら愚痴る。
でもそう言われても仕方ないか……。
俺が態度悪くて迷惑かけてるのは事実だし。
ちょっと反省する。心配かけている。
こいつもそうだが、美羽ちゃんも心を痛めているだろう。
ガキは俺だな。
そう思いながら、俺はポツリと呟いた。
「悪いな。心配かけて。でももう大丈夫だ」
「じゃあ、今日の部活するよ。制服組は集まって~」
放課後、俺は最年長の千雪さんの呼びかけで教室の後ろに行った。
今いるメンバーは以前、昼休みに机をくっつけてお弁当を食べた6人だ。
俺は努めて平然と装っていたが、色葉はあいかわらずムスっとして俺のほうを見ようともしない。
「あ、あの部活って何をするんでしょうか? 運動だとちょっと……」
気の弱い仲山が、おどおどしながら千雪さんに尋ねる。
ぜんそくだし、激しい運動は無理なんだろうか?
「ん、部活は運動文化部だよ。その日の気分によって活動内容を変えるの。最近はトランプゲームばっかりやってるけどね」
千雪さんが安心させるように微笑む。仲山もホっとしたようだ。
「じゃあ、今日もトランプ?」
「そうね。今日もトランプにしましょうか。外、曇ってるしね」
花梨の問いに千雪さんが軽く、外を見てから答える。
やっぱり千雪さんはみんなの纏め役だ。さくさく決めていくし、中心にいる。
俺にきつく当たってきた色葉ですら、大人しくしている。
姉だからかもしれないが。
「じゃあ、机をくっつけよう。お兄さんも仲山くんも手伝って」
花梨がさっさと教室の後ろの机をくっつけはじめる。
お弁当を食べたときみたいに6つくっつけるつもりだ。
俺も仲山もみんな手伝う。
そして机をくっつけたあと、それぞれの席に座ってトランプをやりはじめた。
「何する。いつもみたいにババ抜きか大富豪?」
「そうね。男の子は何がやりたい?」
千雪さんに話を振られる。
「俺はどっちでも。ただ大富豪は地域ルールがあるから、ババ抜きが最初はやりやすいかも」
「そう、仲山くんは?」
「ぼ、ぼくもババ抜きがいいです」
「なら、ババ抜きに決まりだね。カード配るよ~」
花梨がカードをきり、全員にカードを配っていく。
この間、色葉は喋らず、美羽ちゃんも色葉を気遣ってか何もしゃべらない。
俺でさえ歩み寄る決意をしたのに、あいつは何をやってるんだ。
俺は配られたカードを手に取り、同じ札のカードを2枚捨てる。
残り6枚になった。
「んー、6人だからカードが少ないね」
花梨が残り4枚のカードを持っていう。
俺は心の中で同意しながら、オドオドした仲山が差し出した複数のカードのなかから、一枚選んで取る。
違ったこのカードじゃない。
カードのやりとりをしながら花梨が場を盛り上げようとしたのか楽しげに言う。
「色葉ちゃんってババ抜きすごく弱いんだよ~」
「へー」
俺はもう昨日のことは水に流そうと色葉にメッセージを送るように応じる。
だけど肝心の色葉は無口だ。集中しているのかしらないが、カードに目をやりつづける。
「そういや罰ゲームってなんだったんだ。気になるんだけど」
「あ、それはしっぺとか掃除の交代だったり帰りの荷物持ちだったりするんだけど。今日は何がいいかな」
花梨がみんなを見渡す。
「デコピンでいいんじゃない」
色葉が顔をあげて挑戦的に俺をみる。
「………」
明らかにこいつは喧嘩を売ってきている。
バチバチと視線が絡み合い、俺のなかで昨日の出来事がよみがえる。
花梨が
「いいの?デコピンなんてやったことないのに」と言ってるが、
色葉は「男の子がいるんだからいいじゃない」と言い返している。
俺は声を低くしてその挑戦を受ける。
「いいよ、その罰ゲームで。ただ男が勝った場合は、しっぺでやるよ。女の子にはデコピンできないからね」
「ええ、それでいきましょ、楽しみね」
まわりをほっといて話を進める俺と色葉。
美羽ちゃんや仲山がオロオロし、千雪さんは微笑んで、花梨が面白そうな表情を浮かべる。
俺たちは真剣になり、ゲームを続けた。
まず負けたのは俺だった。
最後に弱いと言っていた色葉と残ったのだが、色葉が最初にカードを取った時に揃ってしまい、先に上がられたのだ。
「ふふーん、私の勝ちみたいね」
色葉は立ち上がって胸を張り勝ち誇る。
そして俺の方へ近づいてきた。
「………」
「こっち向いておでこだしなさいよ」
みんなが注目するなか、俺は色葉のほうを向いて、手で前髪をどけて額を出す。
色葉は右手を俺の額に持ってくると、人差し指でいきなり思いっきりデコピンした。
「…っ!」
鋭い痛みが神経を走り、頭にカッ!と血が昇る。
俺はなんでもないように次のゲームと言うと、冷静さを装いながらもムカムカを強める。
こいつ、本気でやりやがったな……。
昨日のことは水に流したつもりだったが、向こうがその気なら仕方がない。
俺もマジでやる。
そしてなんの運命の巡りあわせか、また俺と色葉が残った。
俺は1枚。色葉は2枚。
ババは向こうにある。
俺はどちらを選ぼうか迷う。
そしてふと、色葉の顔を見ると、俺が手を左右に動かすたびに、表情が変わっているのに気づいた。
(なるほど、花梨が色葉は弱いと言ってた理由がこれか)
俺は色葉の顔を盗み見しながら、右のカードを取ろうと手を伸ばすと、
明らかに表情が焦ったものに変わった。
今度は左のカードに手を伸ばすと表情が緩む。
俺は迷う素振りを見せながら左のカードを取る振りをして右のカードをサッ!と取った。
「あっ!」
色葉が小さく声をあげる。
だが時遅く、俺の手にはスペードの8が収まり、最後のペアを捨てる。
「今度は俺の勝ちだな」
得意そうに色葉に視線を送り、意趣返しをするように勝ち誇る。
色葉それを見て悔しそうにしている。
「さぁ、罰ゲームだ。腕を出せ」
「わかってるわよ」
色葉が俺の前に左手を出す。
「女の子なんだから痛くしないでよ」
「わかってるよ。い・ろ・はちゃん」
俺は嫌味っぽく言うと、人差し指と中指で色葉の手首をビシッ!と強めに打った。
「いつっ!?」
色葉が顔を顰める。
それと同時に色葉もかなりムッとしたようだ。
手首を押さえながら俺を睨む。
「すごい痛かったんだけど……」
「俺もおまえのデコピン痛かったよ」
「男なら我慢しなさいよ」
「そういうおまえもな」
「私は女よっ!!」
完全に和やかなゲームの雰囲気は吹っ飛び、互いに天敵に出会ったように睨みあう。
もうゲームどころじゃない。
いつ喧嘩になってもおかしくないくらいだ。
「まぁまぁ、ふたりとも落ち着きなよ~」
そこへ場違いな緩い声で花梨が仲裁に入ってくる。
だが火のついた感情は容易におさまらない。
花梨の言う事を無視して無言で睨みあう。
花梨はそれを見ると、やれやれといった風に軽く溜息をつくと提案した。
「じゃあ、都会で流行ってる罰ゲームで勝負つけたらいいんじゃない」
「なによ。その罰ゲームって」
不機嫌さを隠そうとせず色葉が花梨を見る。
「えっと、男の子が勝った場合、女の子のおまんこを舐めて、女の子が勝った場合、男の子のおちんちんを舐めて先にイカせたほうが勝ちってやつ」
「な、なによ。それっ!」
色葉が動揺を隠せずにいう。
「あれ? 色葉ちゃん知らないの。都会ではこの罰ゲーム常識だよ?」
「そ、そんなの知ってるに決まってるじゃない。当たり前でしょ」
顔を真っ赤にしながら色葉は意地を張る。
「ならこの場合、色葉ちゃんとお兄さんの勝負だからふたりの罰ゲームだね。いい?」
「やってやろうじゃない!」
売り言葉に買い言葉。涙目で色葉が俺を睨む。
おいおいそれでいいのか……。
どうなってもしらねーぞ……。
俺が口を出す暇もなく、あっというまに決まってしまったえっちな勝負。
こちらとしては性格は悪いとしても、美人な分類に入る色葉とえっちなことができるのはいいが、
花梨がいったい何を考えているのか不安だし、バレたときが恐ろしいなと思う。
仲山や美羽ちゃんはこの勝負の提案に固まり、千雪さんは微笑みを浮かべながらも目が笑っていなかった。
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- 2013/11/08(金) 00:11:34|
- 小説
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