「やっほー勇太」
ひらひらと手を振り俺の机の横に立つ、苺山学園指定の制服を着た幼馴染の瀬戸宮奈々。
いるはずのない幼馴染の姿に、俺は目を見開き驚きで口をパクパクさせ、奈々は悪戯が成功したように口を手で軽く押さえて笑っている。
──ロリで巨乳。
俺の幼馴染、奈々を一言で表すとそれだ。
少し目尻が垂れた優しそうな瞳に肩にかかるくらいの栗色の髪をしたセミロング。
制服越しにも分かる豊かな胸とキュッと引きしまった腰と大きなお尻が特徴的で、性格は優しく穏やかで、
見てるだけで癒されるというのが中学の友人たちの評だ。
ちなみに彼女は俺の小学校入学以来の幼馴染であり、家も近いことあってよく遊んでいた。
クラスの方もなぜか同じクラスになることが多く、中学も含めて別々のクラスになったのは、小学5年の時だけ。
別々のクラスになった時も毎日俺のクラスに遊びに来たものだから、クラスの連中に「夫婦!夫婦!」と冷やかされてまいったものだ。
そんな彼女がどうしてここに……。
沸き上がる疑問をそのままに声を出した。
「ど、どうしてお前がここにいるんだ?」
「…え、えっと、勇太がいるから?」
なぜ疑問形!? 驚かせておきながら、俺と同じようにどもった奈々に一瞬呆けたが、すぐにこの学園がどんなところか思い出す。
「ふざけるなっ!ここがどんなところか分かっているのか!」
「わ、分かってるから、そんなに怒らないで……」
俺が大きな声を上げ怒ってるのが分かったのか、奈々は身体をちぢこませ消え入るような声で答えた。
そんな奈々の姿に俺は冷静さを取り戻す。
聞きたいことは沢山あるが、まずは落ち着くことが肝要だ。
俺は軽く息を吸って姿勢を正すと、奈々の目に視線を合わせて努めて冷静に口を開いた。
「まず念のために聞くが、お前は俺の幼馴染の瀬戸宮奈々だよな?」
「うん、勇太の知ってる奈々だよ。3サイズは上から88、58、90だと言えば信じてくれるかなぁ?」
「ええい、そこまで言わんでいい! ……だが、どうやら本物の奈々のようだな」
俺が怒ってないのが分かったのか、笑顔で答える奈々を見て俺は大きく溜息をつく。
「それで、なんでここにいる?」
「えっと…ほら! 勇太が私と離れ離れになって寂しい思いしてるかなって思って……」
しおらしく体をモジモジさせて答える奈々に俺は頭を抱えたくなった。これがホントの理由だとしたら脳みそがプリンか何かで出来てるんじゃないだろうか。
いくらなんでも危機感がなさすぎる。これからこの学園では阿鼻叫喚な事態が始まるかもしれないのだ。
「とりあえず家に帰れ!」
「いやっ!」
即答する奈々に俺はイラつく。
こっちの気も知らないで何を言ってるんだ、こいつは。頭をグリグリでもしてやろうか!
そう思い腰を椅子から浮かせかけた時、俺は、はたと気づく。
いや…待てよ。奈々は本当にこの学園でこれから行われることを理解しているのか?
もしかしたら自分が襲われる危険性があることまでは知らないのかもしれない。
だってそうだろう、犯されるかも知れないけど学園に来てください。なんて募集して人が集まるわけがない。
もし学園側がそれを隠して募集しているとしたら……。
「なぁ、おまえは…その、自分が襲われるかもしれないってこと知ってるのか?」
「……うん、知ってるよ。学園から説明されたから」
「それ、お前の親も知ってるよな?」
「うん。。」
言葉少なに俯く奈々に俺はなんと言っていいか分からず、とりあえず気まずい空気を吹き飛ばすように明るい声で口を開いた。
「それにしても今さらだが、教室に誰もいないな。他の奴らどうしたんだ?」
「今日は入学式だけだからね。HRが終わったらみんな帰ったよ。」
「そっか…しかし、なんだ。いつのまにHRが終わったんだろうなぁ」
ははは…と誰もいない教室をグルリと見渡しながら笑う俺に、奈々は呆れた表情を見せてから釣られるようにして笑った。
「とりあえず帰るか」
「うん、そうだね。寮にかえろ」
先ほどの気まずい空気は微塵も感じさせず俺と奈々は学園を出た。奈々の説得は後でいいかと思いながら。
校門を出て、綺麗にアスファルト舗装された道を俺と奈々は並んで歩く。
開発されてまだ1年も経ってないせいか、どこの建物も道も新しい。春の陽気と天気の良さもあいまって気分を晴れやかにさせた。
「奈々は寮がどこにあるか分かってるのか?」
今日、この島にやってきた俺は、寮の場所が分からないため奈々に尋ねる。
「知ってるよ。私は3日前からこの島にいるからね」
「そうなのか?」
「うん」
ふーんと返事を返しながらチラリと奈々の様子を窺う。
鞄を片手に歩く奈々は足取りも軽くご機嫌のようだ。これなら先ほどの話の続きを聞いても問題ないだろう。
「ところでさっきの続きなんだが、よく親が許したよな。反対されなかったのか?」
気まずい雰囲気にならないようにそれとなく聞いてみる。
「されたよ。ここに来る前は親には散々反対されたけど、勇太に守ってもらうからって言って許してもらっちゃった。」
「……なるほどな。だとするとおまえはこの俺が学園に来ることを知って訳だ?」
「うん。私の親が政府の官僚やってるの知ってるでしょ? 勇太がこの学校に行くって分かったとき、親に頼んでここに入れて貰ったんだ」
悪びれもなくそんなことをのたまう奈々に、俺の顔がひくつく。俺の都合は関係なしか!いや、そもそも俺と同じクラスになるかわからんだろうが。
「まさかと思うが、同じクラスになったのも偶然じゃないのか?」
「うん。親に頼んで手をまわしてもらったよ」
どうりで……。
最後に奈々と会ったのはこの苺山島に来る1週間前、地元で遊んだとき以来だ。別れ際に寂しい気持ちを持った俺に対し、ニコニコと俺を送りだしたのは、また会えるのを知っていたという訳だ。
しかし、ここまでするとは……。親、権力者すぎだろっ!そう内心で突っ込みを入れつつ、
俺は乾いた笑い声をあげておいた。
◇
苺山学園は全寮制だ。
親元から離れて無人島にある苺山学園にやってきたのだから当然といえば当然だが、初めて寮暮らしを経験する者も多いだろう。
かくいう俺や奈々も寮暮らしは初めてだ。
「結構大きい寮だな……」
レンガ作りのこげ茶色の寮を見上げ呟く。
2メートルほどの高さの白い外壁と豊かな緑の庭に囲まれた洋風作りの屋敷。どこの貴族さまが住んでるの?といった感じだ。
「ここは同じ1-2のクラスの寮だよ。勇太を入れて40人かな。」
1クラス一緒なのか……。
男子寮と女子寮は別々だと思ったのだが、まさかクラス別になってるとは思いもよらなかった。
嬉しすぎる配慮だが、やはりこのゲームを甘く考えないほうがいいのかもしれないと気を引き締める。男女一緒の寮にするなんて普通じゃありえないのだから。
装飾された扉を開け寮に入ると、そこは吹き抜けのホールのようになっていた。正面には大きな銅像、壁には高級そうな絵画が飾られている。また床には赤い絨毯が敷かれ、それが左右に続く通路へと延々と伸びていた。
外観を見ても驚いたが、内部の方も負けず劣らず贅を尽くしたその作りに、俺はあっけにとられ絶句する。
いくらなんでもやりすぎだ。生徒が気軽に住んでいいレベルじゃない。
言葉にならず立ちすくむ俺の目の前で奈々が「おーい」と言いながら手を振っている。どうやらそこまで呆けていたらしい。
「あ、ああ・・・すまん。ちょっと驚きで意識が飛んでた」
「だよね、ここってびっくりするほど豪華だもんね。私も初めて見た時驚いちゃった。」
奈々も同意するように周囲を見渡して頷いている。
「とりあえず部屋に行かないか? 鞄を置きたいしな」
「うん、わかった。勇太くんの部屋はこっちだよ」
勝手知ったる庭のように先導する奈々に若干戸惑いながら、俺はそのあとをついていった。
「ここだよ。ここが勇太くんの部屋。」
<108号室>
そうプレートが掛けられたドアの前で止まると、
奈々は制服のポケットから鍵を取りだし部屋のドアを開けた。なぜ俺の部屋の鍵を持ってるのか激しく気になったが、それを抑えて
とりあえず中に入ると、白の壁紙で統一された10畳ほどの広さのリビング、そして寝室と和室、風呂までついた部屋たちが出迎えてくれた。
また、生活用品は全て学園が支給するという通知があったので、ほとんど手ぶらで来たのだが
リビングに置かれた青いソファー、机、大型テレビ、冷蔵庫、ベッド等、生活用品一式がちゃんと揃っており、これからの生活に問題ないということが分かった。
いたせりつくせりだな……。
もう大抵のことには驚くことがなくなった俺は、内心でそう、感想を漏らす。
「寮の案内しようか?食堂とかわかんないでしょ?」
奈々は、リビングに置かれたソファーに鞄を置くと俺に振りむいた。
俺は思わず「うん」と頷いてしまいそうになったが、頭を軽く振ってそれに耐える。
そしてリビングにあった青いソファーに腰をおろすと横をポンポン叩く。
「あーいや、待て待て、とりあえずそこに座れ」
「ん、なに?」
「とりあえず俺の部屋の鍵を出せ」
不思議そうな顔をした奈々がソファーに座るのを待ってから、ポケットに入れた鍵を渡すように手を差し出すと
「ほんとはクラス委員長が幸太に渡すはずだったんだけど、知り合いだからって言って変わってもらっちゃった。」
と、言いながら鍵を大人しく手渡してくれた。
正直渡す渡さないでひと悶着があるのを覚悟していた俺は、あっさり鍵を手渡ししてくれて拍子抜けする。
だが、気が変わっては大変とばかりに俺は慌てて自分のポケットに仕舞うと、
先ほど奈々が言った委員長という言葉が気になりそのまま疑問を口に出した。
「委員長? 委員長はもう決まっているのか?」
「うん、昨日決まったよ」
「そうなのか」
「うん」
ソファーに深く体重を預け肩の力を抜いて宙を仰ぎ見る。
自分を無視して話が進んでいることに少し憤りを感じるが、委員長なんか元々やる気がない為、どうでもいいかと気分を落ち着ける。
「それで何かな、話があるんでしょ?」
「ああ、そうだった。」
俺は頭を掻きながら教室の話を切り出した。
「なぁ、しつこいようだが、家に帰れ。」
「またその話?」とばかりに奈々は口を尖らせる。
「なぁ、ここがどんなとこか分かってるなら家に帰ってくれないか? ここは明らかに異常な学校だ。何が起こっても不思議じゃないし、
俺に守ってもらうって言っても1日中くっついているわけにはいかないだろ?」
「うん。でも校則だと勇太とえっちしたら襲われないよね」
「えっ、あっ、……そうなのか?」
慌てて校則手帳を取り出しルールを確認する。
「あ、ああ、そうだ。確かに大丈夫だ」
<女性を自分の所有物にする条件は対象女性と性交し膣内に自分の精液を注ぐことで満たされる。>
というルールを見つけ、俺は奈々に頷き返した。
「なら大丈夫だよ。私と勇太がえっちした振りすればいいんだし」
「そ、そうだな。えっちした……ふ…り?」
「そう、えっちしたふりだよ。ひょっとして勇太ってば、期待してたりしてた?」
動揺を隠せない俺の体に密着するようにして、こちらの顔を小悪魔な笑みを浮かべながら上目遣いで覗きこんでくる奈々。
からかわれているのは頭で分かっているが鼓動が速くなる。
この程度のスキンシップは昔からよくあったことなのになぜだろうか。
やはりゲームの事を聞いたせいなのだろうか。
フラフラと吸い寄せられるように俺は奈々の瞳に視線を合わせる。
俺と奈々はそういう関係ではない。
非常に仲が良いのは事実だが、幼馴染としての範疇を超えたことはないし、幼いころから一緒にいたせいか異性として意識したこともない。
言ってみれば家族みたいなものだろう。なのに視線を逸らすことが出来ない。
じっーと見つめたまま言葉を失う俺。
いつのまにか静寂が場を支配し、視線を合わせながら少しずつ俺の顔が奈々のツヤのある唇に吸い寄せられるように近づいていく。
──コンコン
だが、その甘い空気を打ち破るように玄関の扉をノックする軽い音が耳に届き、俺は飛び跳ねるようにして奈々と距離をとった。
くっ、俺は何をしようとしてたんだ。場の雰囲気に流されてとんでもないことを。
頭を軽く振ってドアのほうへ顔を向け慌てて立ち上がる。
なんだか奈々の「むー」とした不満顔が目に入った気がしたが、俺は構わずドアに向かった。
──コンコン!
「はいはい!今開けますよ!」
先ほどより少し強めのノック音が鳴り、俺は足早に玄関に向かいドアノブをひねった。
「……………」
扉を開けるとそこには、自分より少し身長が低めの黒髪ロングの美少女が佇んでいた。
胸元に赤いリボンをつけた白のセーラ服という苺山学園指定の制服を着た少女。
当然のことながら名前なんて知るはずもない。
誰だ?と思いながら、声も出さず相手を見詰めていると
「少しお邪魔させてもらうわね」
と言いながら少女は俺の返事も聞かず、脇を通り抜け靴を脱ぐと、勝手に部屋に入っていく。
「お、おい!」
部屋の主たる俺の許可をとらず颯爽と入っていく美少女。
いったいなんなのだ、と視線で後ろを追うが、背筋をピンと正して歩くその姿は堂々としたものだ。
俺は、どう対処すべきか分からないまま後を追った。
「あっ!桜ちゃん!」
奈々がリビングに入ってきた少女を見て驚いた声をあげる。
「知り合いなのか?」
「うん。桜ちゃんはさっき言ってた委員長さんだよ」
(こいつが?)
勝手に人の部屋にズカズカと入りこんだ少女に睨むような視線を向ける。
人の部屋に勝手に入るという友好的とはいえない行動をとった桜と呼ばれた少女は、こちらを見据えながら無言を貫いている。
あまりにまっすぐな視線を向けてくるので、まるでこちらが何か悪いことをした気分だ。
「おい、なに人の部屋に勝手に入って…… いや、そんなことより俺になんか用か?」
視線に耐えきれず、あがらうように少しキツメに問いかけると、剣呑な空気を感じ取ったのか、
奈々が慌てたようにソファーから立ち上がり俺と少女の間に割って入る。
「ま、待って、とりあえず2人ともソファーに座って」
奈々が桜の手を取るとそのままソファーに連行するように引っ張っていく。
それを黙って見ていた俺だったが、奈々がしきりに目配せするので、しぶしぶ桜の対面のソファーに腰をかけた。
「私、飲み物とってくるね。桜ちゃん紅茶でいいかな?」
スリッパを履いた奈々がパタパタと台所に向かうのを横目で見ながら、俺は桜と呼ばれた少女を改めて観察した。
この黒髪ロングの少女、桜は、奈々とは違うタイプの美少女だ。
可愛い系の奈々とは違う美人系の美少女と言った方が分かりやすいだろう。
スラリと伸びた手足に雪のような白い肌。枝毛一つないようなサラリとした黒髪ロングと見事なまでのなめらかな肢体。
顔立ちの方は、形のいい眉毛、涼しげな目が特徴的で、憎らしいことに彼女の醸し出すクールな雰囲気によくあっていた。
正直、同年代でこれほどの美人を見たことがない。
第一印象が良ければ惚れてたかもしれないレベルだ。
「おまちどおさま」
奈々がお盆の上に置いた紅茶を持って台所から帰って来る。
「ありがとう。奈々」
それを桜が優雅な所作で受け取り、テーブルに配っていく。
何一つ無駄のない動き。
思わず見惚れてしまうような美しさ。
まさにお嬢様のような気品である。
「そろそろいいかしら」
ボーと馬鹿みたいに口を開けて桜に見惚れていた俺は、桜に話しかけられたことによってようやく正気に帰る。
「な、なんだ!」
慌てて口を閉じ、キリっとした俺に、隣の奈々が呆れたような眼差しをくれる。
「まずは自己紹介と行きたいところだけど、教室でやったしいいわね」
「お、おお。そうだな。」
教室でのクラスメイトたちの自己紹介などほとんど聞いていなかった俺なのだが、聞いてませんでしたとは言いづらいので、知っているふりをする。
もちろん隣の奈々は全てお見通しのようで、わざとらしくこちらに聞こえるように大きく溜息をついた。
あとで頭を叩いてやろう。
「じゃあ、芝山君。さっそくだけどちょっと見せてくれるかしら? 生徒手帳」
「生徒手帳?」
「ええ、そうよ。あなたゲームに参加して進級を目指すんでしょう?」
「まぁそうだけど……」
なんのために彼女が生徒手帳を要求するのかさっぱりわからないので頭の上にクエッションマークをあげると、奈々が口を挟んだ。
「あのね勇太。桜ちゃんは頭がいいので私が協力してくれるようにお願いしたの」
「なに?」
思ってもみなかった展開に俺は内心で焦る。
実のところ俺はこういうタイプが苦手なのだ。
教室で騒ぐタイプの俺とそれを注意するタイプの桜。
まさに水と油。水牛とライオンである。
きっとくだらないことで騒いだりしたら、この少女はバッサリと切り捨てるようにクールな表情で俺をこう注意するだろう。
「いい加減にしなさい。他の人に迷惑でしょう」
まさにそんな未来図が透けて見える。
やっかいなことになったぞ。
よりによってこんなゲーム中に協力者のクラス委員長がこれだと、失敗をすれば何を言われるかわかったもんじゃない。
ホントに奈々の大馬鹿野郎。アンポンタンである。
頭を叩く回数2回追加は間違いないであろう。
「さぁ出して」
そんな葛藤を知ってか知らずか、桜は手をズイっと出して生徒手帳を要求する。
もはやこれまでか……。
俺は仕方なしに生徒手帳を取り出し桜に手渡した。
桜は受け取った手帳をパラパラと捲って目を通し始める。
俺と奈々はそんな委員長に目を向け、彼女の反応を待った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ありがとう、芝山君。よく分かったわ。やはり私たち女子生徒の生徒手帳と内容が違うわね……」
数分後。生徒手帳の中見を熟読していた桜が顔を上げた。だが、その声に少々苦いモノが入ってる。
「どういうことなの桜ちゃん。」
「そうね。まず分かったことから説明するわ」
奈々の疑問に桜が机に置かれた紅茶を一口飲んで少し息をつくと、人指し指を立てた。
「まず、これは見た目通りの単純なゲームじゃないわ。言わば心理ゲーム。力づくでどうこう出来るというのは間違いよ」
ふんふんと奈々が頷く。
「例えば、この進級すれば2億貰えるというルールには裏があるわ」
「えっ、そうなの?」
俺が驚いて声をあげる。
「そうよ。これは2億と書かれているだけで円とは書かれてない。つまり……」
「……通貨価値の低い国のお金の場合もあるってわけか…」
俺がガックリ肩を落としながら答える。
「正解。ちなみに私たちの生徒手帳には進級した男子の所有物になっていた場合、それぞれ2000万円貰えるように書かれているわ」
なんだそれは、不公平ではないか。俺の中に憤りが湧き上がる。
「しかもそれだけではないわ。この2億という数字は」
「えっ、まだ何かあるの?」
奈々がさっぱり分からないといった風に首をかしげる。
「ええそうよ。やる気を出させるという本来の目的もあるんでしょうけど、これだけの金額を書かれていれば、
例えゲームが気にいらないからぶっこわそうとしても、賞金に目がくらんで、他の男子が協力してくれるか怪しいわ。」
「な、なるほど」
さすがは、奈々が切れ者というだけある。確かに、賞金の大きさに目がくらんで逆らおうなんて考えが思いもつかなかった。
奈々に会った時、奈々を家に帰そうとすることばかりに頭が行っていたのがいい証拠だ。
ふと隣を見れば奈々が「ねっ!すごいでしょ!私が桜ちゃんを連れて来たんだよ!」とばかりに
こっちに身を乗り出しながら褒めて!褒めて!と無言でアピールしている。しっぽが生えていれば千切れんばかりに振られていたに違いない。
「うう、、それじゃあ、俺はまずどうすればいいんだ?」
少々弱気になった俺が、力なく尋ねる。
「そうね。まずはルールにある通り、この1週間でクラスの女の子を抱き続けるしかないわ。」
紅茶を片手に淡々と桜が答えた。
結局それなのか……。
俺は内心で大きく溜息をつく。
女の子を好きなだけ抱けるのは魅力的だったが、2億が円じゃない可能性を知って、もっとガックリ来ている。
まさかと思うが、さらなる罠があるかもしれないので、さらにテンションがガタ落ちだ。
もう、おうちに帰りたい。
「で、でも女の子とえっち出来るんだから勇太ヨカッタジャナイ!」
ズタボロに打ちのめされたボクサーが、コーナーで力なく座り込んでるような俺を見て、慌てて奈々がフォローに入る。
だけどなんで片言なんだ? シャチョーサン!って言われてるみたいで、よけい気分が落ち込むんだが。
「そうね。この学園で女の子をレイプしようと罪に問われないんだから、その点はあなたにとって好都合ね。」
さらなる桜の追加攻撃。
まるでレイプしなきゃ女の子を抱けないといった物言い。
ちくしょおおおお!
俺が本気になれば!本気になれば!!
「やめときなさい。一生かかっても無理よ。」
「キィーーーーー!!!人の心を読むなっ!!」
ゼェゼェと荒い息をついて冷めた紅茶を水代わりに流し込む。
こいつらに付き合ってたら頭が禿げる。
「もういい、俺は寝る。お前らは帰れ!」
まだお昼なのに、2人を残してベッドに向かう俺。
気分は最悪だ。
◇
ベッドの上で目が覚めた時は夜だった。
カーテンに差し込む光が消えていた為に分かったことだ。
俺は、だるい身体のまま起き上がる。腹減ったー。
「ふんふ~ん♪」
鼻歌まじりの声といい匂いがリビングから漂ってくる。
俺がそれに釣られるようにふらふらと向かうと、
エプロン姿の奈々がこちらに背を向け、台所で鍋をかきまぜていた。
「いい匂いだな」
「あっ、起きたんだ。もうちょっと待ってね。すぐに勇太の好きなビーフシチューができるから」
いつの間にか制服から私服に変わった奈々が、こちらに振りかえって上機嫌で言った。帰れって言ったはずなんだが。
「そういや、あいつはいないな」
桜がいないことに気付く。
「うん。桜ちゃんは自分の部屋に帰ったよ。明日また相談したほうがいいね」
「ふんっ、別に奴の助けは必要ない。俺一人でなんとかするさ」
「また、そんなこと言って……どうなっても知らないよ」
呆れ顔で奈々が俺にそう言うが、俺には関係ない。
明日学校に行ったら実力で女を落として、見返してやる気だ。
「勇太、そこの棚からお皿出してくれる。」
「おう。この皿だな」
シチューを入れる大きなコッポリとした皿を食器棚から二つ出して並べる。
よそわれていくシチューを見ているだけでも涎が出そうだ。
「さぁ、ごはんにしよっ」
ビーフシチューやサラダやらごはんを、台所から食卓に持っていき席に着く俺たち。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
との声で食事を開始する。
さすが俺の大好物のビーフシチューだけあって美味い。
肉も厚く味も俺好みに濃くしてある。
ここに来る前に何度か家で作ってもらったせいなのもあるだろうが、本当に奈々は俺のことをよく分かってる。
ここは素直に感謝することにしよう。
「そういえば、ここって食堂なかったか?」
来たときに奈々が案内すると言っていたことを思い出す。
「うん、あるよ。でも別に使う使わないは個人の自由なの。」
「ふーん。そうなのか」
牛肉をモグモグ噛みしめながら適当に返事する。
「それよりそれより、勇太。。その、こんな時にあれなんだけど……」
奈々が食事を止め、スプーンを皿に置くと姿勢を正す。
「ん? なんだ」
「勇太は他の人と……」
「他の人と?」
「えっと、えっと」
太股をもじもじして顔を赤らめる奈々。
「なんだよ。はっきり言え」
「えっちしまくるんだよね!!」「ぶーーーーー!!」
とんでもなく馬鹿でかい声で叫んだ奈々。
俺は思わず、口の中のシチューを噴き出す。
なにいきなりでかい声で恥ずかしいこと言ってるんだ。しかも飯の最中だぞっ!
俺は、ゴホゴホッ!と器官を詰まらせながら、かろうじて言葉を捻りだす。
「いきなり何いってんだ!」
「だってっ!だってっ!」
顔を真っ赤にさせた奈々がテーブルにバン!と両手をついて立ち上がる。
「お、落ち着け! 分かった、分かったから!」
奈々が暴走すると何をしでかすか分からないのを知ってる俺が、慌てて手の平を下に向けて奈々に座るよう、必死になだめすかす。
このままだと食卓に乗ってるスプーンやらフォークが俺に向けて飛んでくることもありえるから怖い。
この幼馴染、意外に凶暴なのだ。
「と、とにかくだな。まずは飯だ。そうっ!飯を食べよう! せっかく奈々が作ってくれたのに、飯が冷めっちまう。」
そう言ってなんとか落ち着かせて奈々を席に着かせる。
ああー、びびった。
◇
そうして食事を終えると、俺たちは改めてリビングのソファーで向き直る。
いや、向き直るといってもなぜか俺はソファーの上で正座をしている状態なのだが。
「それで…、どうするの?」
奈々が尋問するように俺に問いかける。いつもなら食後の紅茶とお菓子が出てきて楽しいお喋りタイムなのに、今日に限っては違うようだ。
奈々の雰囲気が怖い。
「いや、えっちはしないと駄目だろうな。うん。」
俺は刺激しないよう、努めて穏やかに言う。
「ふ~ん。」
それに対し、何やらジト目で俺を見る奈々。
さっき桜と一緒にいたときはえっちできるから良かったね、とか言ってたじゃねぇか!どういうことだよ。おい!…と言いたかったが、そんなことを言えば話がややこしくなるのは目に見えている。やはりここは穏やかに言いくるめて、面倒になる前にさっさとこの部屋からご退場願うとしよう。
「いや、俺も愛のないえっちは嫌なんだけどね。学校の命令じゃ仕方がないしなぁ……。」
「その割には勇太の顔がにやけてるんだけど!!」
「いやいや、ははは!」
頭に美少女をはべらせた酒地肉林が思い浮かび、口元がゆるんでしまったようだ。俺としたことがなんたる失態。
奈々は、頬を膨らませて俺を睨む。
これは長い話になるか。
「まぁ奈々の言いたいことも分かるんだけどね。こればっかりはどうしようもないし、話すだけ無駄だ。どうしてもなんとかしたいならゲームをぶっこわすしか……」
そこまで言ってハッと気づく。
ここは学校の寮。もしかしたら盗聴器や隠しカメラなど仕掛けてあるかもしれない。
「………」
「どうしたの勇太?」
急に黙り込んだ俺に奈々が不思議そうな顔をするが、
訳を話すと、奈々はトイレやシャワーに行くのも躊躇うようになるだろう。ここは適当に誤魔化すしかない。
「……いや、とにかく明日委員長と話すことにするよ。今日はちょっと疲れた。」
話を切り上げ、俺は席を立つ。
奈々が不満そうな顔をしていたが、無視して隣の部屋に行きベッドに寝転ぶ。
きっと諦めてそのうち帰るだろう。
しかし隠しカメラやマイクがあったならプライバシーなどないようなものだぞ。
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- 2012/08/21(火) 15:02:45|
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