合宿二日目。
今日は朝の9時から練習だ。
朝食を終えた僕たちは走れる格好になってグラウンドに集まる。
9時からだと涼しいと思ったが、思った以上に日差しが強く、早くも暑さを感じ始めていた。
「今日は何するの?」
予定表をまったく見ていない美奈が僕に尋ねてくる。
僕は本当のことを喋ると嫌がるだろうと思ったので、軽い散歩のようなものだと教える。
本当は宿泊所の裏の階段上り下りの繰り返しだ。
千夏先輩の合図で僕たちは階段前に移動すると、今日は隼人が待ち伏せするように立っていた。
「みなさん、おはようございます。今日の取材よろしくです」
昨日とは打って変わって殊勝な態度をとる隼人。
そういえばこの合宿に来てから隼人とは一言も口を利いていないことに気付くが、どうも話しかける気にならない。
真面目に取材してくれるならいいけど、また変なことを言い出さないか心配だ。
僕が千夏先輩の様子を窺うと、千夏先輩はよそよそしい態度でコクリと頷き、階段前に皆を整列させる。
「全員、階段を往復十週!」
いつもより気合の入った声で皆に告げると、美奈が騙されたことに気付いて僕の顔を見る。
だが僕はそれを無視して階段を駆け上がりはじめた。
「はっ、はっ、はっ」
傾斜がそれほどでもない階段の上りはあまり辛くない。
だけどそれは恐らく最初だけだろうと、全力をあまり出さず力を抜く。
隣の美奈は僕より少し遅れているようだ。
スタートも僕が早かったのだが、階段でさらに差がついている。
チラリと後ろを向くと、美奈は僕を睨みながら追いかけてくる。
僕はそれを見なかったことにして頂上までテンポよく階段をのぼった。
頂上まで上りきると、僕はよくこんな高いところまで上ったなと思いながら、
今度は折り返して階段をおりる。
途中、美奈とすれ違ったが、あの喧しい美奈が黙っていたのが不気味だった。
そうして階段を上り下りし、7往復ほどになるとさすがにへばってくる。足に重りが括り付けられたように動きが鈍くなり息も荒くなってくる。
さすがに遅れてる美奈を振り返る余裕がなく足を動かし続ける。
一度止まってしまえばもう動けそうにない。
「ラスト!」
千夏先輩の声で僕は最後の力を振り絞る。
後ろから美奈が何か言った気がしたが、ちょっと距離が離れてしまったので聞き取れない。
長距離走をやってるせいか何人か追い抜き、僕は先頭の方でゴールして座り込んだ。
「きつい……」
「疲れた~」
部員達が次々とへたりこむ。
美奈も僕から遅れること数分後にクリアし、僕の目の前に座り込んで荒い息を吐いた。
「美奈、お疲れ~」
「………」
僕が労いの言葉をかけても反応しない美奈。
騙されたことを怒っているのか、荒い息を吐くだけだ。
本当のことを言っとくべきだったかな、でも絶対何か言うしなぁ。
後で絶対面倒なことになるなと思いつつ暫く休んでいると、最後尾が到着して5分くらい休憩したのち千夏先輩が立ちあがって皆に立ちあがるように促す。
恐らくだがグラウンドに行って次の練習をするんだろう。
しんどいけど立ち上がる。
美奈に視線をやると、珍しく美奈の方から立ち上がった。
それにしても無言なのが怖い。
グラウンドに行くと僕たちは軽くストレッチをしたあと、短距離走者と長距離走者に別れてメニューをこなす。
僕は腕立て伏せをし、美奈はスタートダッシュの練習を繰り返している。
美奈が文句を言わずに練習しているのを見ていた他の部員が、美奈すごいじゃないと褒めていたが、それは間違いだ。
今の美奈は噴火する前の火山と一緒で、マグマのように怒りを貯めこんでいるのだ。
僕はなるべく美奈の方を見ないようにして練習メニューをこなしていった。
午前の練習が終わり、お昼になった。
今日のお昼はカレーのようで喜ぶ。
これは僕の好物なのだ。
お盆にカレーの皿を乗せて美奈を探すと、美奈は千夏先輩と一足早くにご飯を食べていた。
僕もお盆をもってテーブルに近づく。
「練習お疲れ様でした」
「はい、お疲れ様」
笑顔で千夏先輩が僕を迎え入れる。
僕は美奈の隣で椅子を引くと、美奈は露骨に僕の方から離れた。
「美奈?」
千夏先輩がその様子に怪訝そうな声を出す。
僕はまいったなと思いつつ、なぜこういうことになったのか説明する。
すると話を聞いた千夏先輩が、それは僕が悪いと言い出した。
「それは健太が悪いじゃない。ちゃんと謝ったの?」
「いえ、まだです……」
「ならちゃんと謝りなさい。そしたら美奈は許してくれるから。ねっ、そうでしょ、美奈?」
千夏先輩が美奈を見るが、美奈はツンとしたままそっぽを向いてカレーを食べたままだ。
僕は仕方なく美奈に謝る。
煩いからと言って教えなかった僕が悪い。
千夏先輩の言う事はもっともだ。ちょっとやりすぎた。
僕は美奈の方に身体を傾けると、頭をさげる。
「美奈ごめん」
「………」
答えない美奈。
スプーンを止めずに動かしたままだ。
「美奈、許してあげなさい。健太も謝ってるんだから」
とりなすように千夏先輩が美奈に穏やかな声で言う。
だけど美奈はカレーを食べ終わると、ツンとしたままお盆を下げに席を立った。
「美奈」
僕の言う事を無視してカウンターに行き、そのまま食堂を出て行く。
千夏先輩が私の方からちゃんと言っておくからと言ってくれたが、僕はそれを断った。
自分のミスだし、ご飯を食べ終わったら部屋でちゃんと謝ろう。
ご飯を食べ終わると僕は部屋に戻る。
練習は2時から再開で、それまでは休憩だ。
部屋に入ると、美奈が頭から布団にくるまって寝ていた。
「美奈、嘘ついてごめん」
タヌキ寝入りしていると察してベッドの横に立って謝る。
「………」
だけどまたしても答えない。
相当怒っているようだ。
僕は自分のスポーツバックからお菓子を取り出すと美奈のもとに持っていく。
「美奈お菓子食べないか。美奈の好きなポテトだぞ」
袋を触って音を鳴らす。
すると布団がゴソリと少しだけ動いた。
どうやら反対側に寝返りをうったようだ。
僕は反対側にまわると袋を開けてポテトを一枚口の中に放り込む。
「ポテト美味しいなぁ、美奈がいらないなら全部食べるよー」
バリバリと音を立てながら、美奈の頭の方に顔を持っていくと、美奈は再び寝返りをうった。
どうやらこの攻撃は効いているらしい。
なんとなく布団の中で耳を塞いでいる姿が想像できて笑みが零れた。
僕は止めとばかりに苺ぽっきーも出して美奈を誘う。
「ポッキーも食べるよ。いいの? 全部なくなっちゃうよ?」
わざとらしく箱をカタカタ鳴らすと、ようやく美奈が布団から顔を出した。
「貸して……」
「何を?」
わざととぼける。
すると美奈は起き上がって僕の手からポッキーを奪おうとした。
「おっと!」
僕はサッ!と美奈の手から逃れる。
美奈はムキになって僕からポッキーを取ろうと手を伸ばした。
「早く!」
「だからなんなのさ」
僕が両手を上にあげてとれないようにすると、ピョンピョン飛んで取ろうとする。
自然と笑顔になりながら美奈に視線を送ると、美奈は怒って僕の手を掴んで噛みつこうとした。
「ちょっとそれは反則!」
慌てて手を下ろすと、美奈は僕の手からポッキーをひったくる。
そして笑顔になったまま僕を見た。
「もう、食べていいよ」
仕方なく僕は許可を出す。
これで機嫌も直っただろう。
美奈がいつもの調子に戻ったのを見て、僕は内心で安堵の息を吐いた。
午後の練習が始まった。
知っての通り美奈とあんなことがあったのであんまり休めていない。
僕は練習が始まるまで美奈の機嫌が再び悪くならないようによいしょしていたからだ。
だけどそれは美奈も一緒のようで動きが鈍い。
もっとも美奈の場合はお菓子を食べすぎてお腹いっぱいと見ているが。
軽い体操を終え、グラウンドでランニングを始めると、美奈も一緒についてくる。
もう先ほど怒っていたのは嘘のようで、走りながら盛んに僕に話しかけてくる。
僕はそれに適当に答えながら、黙々と走っていると、隼人が千夏先輩の写真を撮っているのが目に入った。
パシャパシャとカメラを構え、スタートダッシュを繰り返す千夏先輩の姿を撮ってる隼人。
だけど撮る方向と撮るタイミングがおかしい。
隼人は千夏先輩がスタートする為に地面に手をついたときに後ろから写真を撮っているのだ。
まるで突き出したお尻を撮るように。
僕はそれが気になりながらランニングを続ける。
なんとなくやめさせたかったが、なんて言ってやめさせていいか分からなかった。
練習が始まって2時間経った。
僕はもうヘトヘトでへばりそうだ。
初参加の1年の何人かはすでにリタイアしてて木陰で休んでいる。
僕も休みたかったが、美奈が顔を真っ赤にして頑張ってるのでメニューを終えずに休むのも嫌だった。
木陰で休む部員たちを恨めしそうに見ながら、僕はまた走る。
長距離走者になったせいでスタミナをつけるメニューばっかりやってる気がする。
こんなことになるなら長距離走者を選ぶんじゃなかったと愚痴を零し、もう何も頭で考えないようにする。
考えれば考えるほど文句が頭の中で湧いて出てきそうだ。
ふと千夏先輩が気になり、そちらに顔を向けると、まだ隼人に付きまとわれていた。
何やら話しかけられてタンクトップにブルマ姿の全身写真を撮られている。
ちょっと顔が強張ってると思うのは気のせいだろうか。
近づいて声をかけたいけど、気力がなくてここからだいぶ離れている千夏先輩の方にいけそうにない。
あと1週で終わるから、水を飲むついでに声をかけにいこう。
そう決めると最後の力を振り絞って足を動かす。
これでやっと休める。
僕が水筒を取りに行くと、その間に千夏先輩と隼人は消えていた。
どこにいったのかキョロキョロあたりを見渡すと、グラウンド傍の木陰でどうやら取材を受けているようだった。
僕は声をかけると決めていたことを思いだし、疲れている足を引きずって千夏先輩のところへ行った。
「千夏先輩は陸上を始めてどのくらいですか?」
「2年くらいかな……」
近づくにつれ隼人と千夏先輩の声が聞こえてくる。
質問はごく普通だけど、2人きりにしたくない感じだ。
でも何の用もないので取材の邪魔は出来ずにそれが終わったら声をかけようと、2人の視線から外れた木陰に隠れるように座った。
「なるほど、じゃあ、陸上を始めたきっかけは?」
「走るのが好きだったから」
姿は見えないが声は聞こえてくる。
「ではおまんこにおちんちんを入れたことはありますか?」
「……ないけど」
質問内容が陸上と関係ない方にかわってきた。
「じゃあ、俺のおちんちんを初めて見た感想は?」
「……それを私に言わせるき?」
雰囲気が不穏なものに変わってくる。
質問もそうだけど明らかにおかしい。
僕は身体を少しずらし隠れ見する。
「ええ、陸上部のエースの特集なんでちゃんとよく知りたいんです」
木陰に座った千夏先輩に立ったままの隼人が胸を張る。
千夏先輩は隼人のおちんちんを見たことあるのか、と地味にショックを受けつつ、僕は頭を横に振る。
想像したくないものを想像してしまった。
「……おっきかったわね。あんなのだとは思わなかったわ」
千夏先輩は少し困り顔で答える。あんな質問断ればいいのにと思うが、真面目な千夏先輩らしいとも思う。
「でも入れてみたいでしょ?」
それに対し隼人はアグレッシブだ。
堂々と自分のおちんちんをおまんこに入れたいか訊いている。
「そんなわけ……!」
そこまで言って黙る。
多分僕の予想だと、感情に任せたまま答えたら、またミーティングで揉めたみたいになるんだろうと考えているんだろう。
でもそれは入れたくないと意思表示に取れるのでホッとする。
だけど隼人はその空気を読まずに都合のいいように解釈する。
「はっきり答えないってことはどっちでもいいってことかな。千夏先輩らしい答えですね~」
サラサラと自分の手帳に書いていく隼人。
呆れてものが言えない。
千夏先輩も呆れてることから僕だけが思ったのではないと、感情共有できたみたいで少し嬉しくなった。
<< >>
- 2014/06/08(日) 00:00:01|
- 小説
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0