朝の6時。朝焼けの太陽が空を少し赤く染めるなか、僕らは早々に食事を済ませ榊先生の引率の元、後方の補給隊に来ていた。
ここでは沢山の物資が早朝だというのにトラックから降ろされ、天幕の張られた陣の中に運び込まれている。
ざっと見た感じこの陣にいる人は数百人で、軍服の上に皮の鎧みたいなのをつけてるところを見ると、現代と戦国時代が交わった奇妙な光景に見えて不思議な気持ちになる。
とりあえず危惧していた最前線に放り込まれるのは避けられたみたいなのでホッとした。
「今日はよろしくお願いします」
「ええ、歓迎するわ」
榊先生が補給隊の20代半ばの隊長らしき人と握手をしながら挨拶し、それが終わると隊長さんが横2列に整列したジャージ姿の僕らの前に立つ。
「ようこそ、三重第18補給部隊へ。我が隊は君たちを歓迎する。今回の経験を糧にし、より君たちが成長してくれると嬉しい。実際の戦場と言うものを感じ取ってくれたまえ」
「「はい!」」
短いながらの挨拶が終わり、僕らは榊先生に連れられて陣を見て回り始める。
陣にはいくつものテントが張られ、僕らが泊まった昨日のキャンプ地に似ていた。
天幕の中は、段ボール詰めの食料だったり医薬品だったりして特に目新しいものはない。
それより補給隊の人達が忙しく物資を運んでるのを見てると、ここが戦場に近いのだと実感する。
「どうだ、感想は?」
どこか上の空で見ていたのがばれたのだろう。榊先生が僕を鋭い目で射ぬいて感想を求めてくる。
「ええと、皆テキパキ動いててびっくりしまし……」
「馬鹿者! ここは戦場だ。のんびりしているものなどいるか! 他の感想を言ってみろ!」
榊先生、いつもより厳しくない?
とりあえず思っていたことを口に出したら怒鳴られたよ。
僕は必死に陣を見回し、何かないか探し求める。
そしてあることに気付いて、それを口にした。
「この部隊の人達がずいぶん若い人たちに見えますが……」
「ふん、そこに気付いたか」
補給隊にいる人たちの年齢が若い。
童顔の人達もいるんだろうが、僕らと同じ歳かそれより下と思しき人達が結構いる。
僕らと同じ歳の子は義務教育じゃないのでいてもおかしくないが、それより下がいるのはちょっと想像してなかった。
冷静に考えればこれはどういうことだ?
「知っての通り我が国は目下厳しい状況下にある。和歌山の攻勢は激しく、紀北まで戦線は後退している。
特に尾鷲の戦いでわが軍は多数の死者を出し、人が足らぬ状況なのだ。故に今回紀北で志願兵を募集したというわけだ」
みんなはそれに驚き、走り回ってる中学生らしき子を見る。
あんな子まで軍に入れるなんてどれだけやばいんだ。やばすぎにもほどがあるだろう。
それにあの子は地元の子だったのか……。
「彼女たちの中にはおまえらより年下の者もいるが、戦場においては先輩だ。勉強させてもらえ」
どこか諭す声。僕らは返事をすることより、今までの日常が壊れていくようで、それを受け止めることに精一杯だった。
それから暫くした後。一通り陣を見て回った僕らは補給隊のお手伝いをすることになった。
全員が皮の鎧みたいなのを支給されて班分けされると、それを装備してから作業に入る。
「その荷物はそこに置いてください」
「わかった」
「これは?」
「それはそっちです」
僕は仲のいいみさきちゃんと深優ちゃんの3人で作業することになり、初めてということで部隊の子が付いてくれる事になった。
彼女は小学生にしか見えない地元の中学生、伊藤愛梨ちゃんで、彼女によると3か月ほど前から軍に志願した中学生2年生とのことだった。
黒髪セミロングの優しそうな子で、書類を見ながら一生懸命指示していることから、妹にすればきっと「お兄ちゃん!」と言って僕を支えてくれるだろう。正直妹にほしいタイプである。
「愛梨ちゃんこれは?」
「えっと、それはですね……」
慌てて荷物を置く場所を確認する愛梨ちゃんだが、ちょっと慣れてないのか何度も確認しては頭を捻って悩んでる。
その仕草が可愛い。
「わ、わたしが見てみようか?」
それを見かねたのか深優ちゃんが愛梨ちゃんに申し出る。
愛梨ちゃんは少し悩んだ表情を見せた後、あっさりと深優ちゃんに書類を差し出した。
「すいません。ちょっと分かりにくて……」
「うん、見せてみて」
深優ちゃんと愛梨ちゃんが書類を覗き込んで荷物の置き場所を確認する。
「これはここだね。みさきちゃんお願い」
「うん」
食料の入ったダンボールを、みさきちゃんが天幕の奥に置くと一息をつく。
「それにしてもこれだけ沢山の食料を運ぶなんて大変だね。これは全部前線の人達が消費するの?」
「はいそうです。ここにある補給物資は後で必要な分だけ前線に運びます。今は医薬品の消耗が激しくて、不足しがちなんです」
「そうなんだ」
前線の様子が察せられ、顔が少し曇る。
詳しい話を聞きたいけど、みさきちゃんや深優ちゃんがショックを受けないか心配だ。
ひどい状況だったら僕らも近いうちに戦場にいけと言われるかもしれない。
「あ、あの、前線はどうなってるの?」
「えっと、それは……」
以外に一番ショックを受けると思ってた深優ちゃんが、意を決したように愛梨ちゃんに訊いたので少し驚く。
こういうことは一番聞きたくないと思っていたのだが。
「……正直よくない状況だと思います。わたしは二等兵なので全体としての戦況は分かりませんが、みんなはここもそろそろ危ないかもと噂してます……」
言葉を失う二人。
やっぱりと思いながらも、ここまで聞いたならさらに情報を得ようと話しかける。
「本格的に戦い出して何日くらい経った?」
「……5日くらいだと思います」
「じゃあ、兵力はやっぱり向こうの方が多い?」
「そう聞いてます。こっちは3000向こうは5000らしいです」
「そっか……」
僕はそこまで聞くと、顎に手をやって考えた。
始めに行っておくと、この世界の戦は戦国時代みたいな武器を使って戦っている。すなわち、刀、槍、弓などだ。
それには理由があり、知っての通り、この世界の人間は人霊樹という木から産まれている。
現代兵器を使うとカッとなったり戦線が拡大したとき、数少ない人霊樹を傷つけたり燃やしてしまったりして、結局は自分たち人間の首を絞めてしまうからなのだ。
すなわちこの世界の戦とは人霊樹の奪い合いである。
人霊樹を多く支配すれば自分たちの力は巨大になり、他国より強くなる。逆に人霊樹が少なければ国民の数が頭打ちになりじり貧になってしまうのだ。
なので、合戦では人霊樹の確保を最優先とし、そこから都市に対して攻撃をしかけるのだ。
ちなみに尾鷲に人霊樹が一本あったらしいが、それは前の戦いで和歌山に奪われてしまってる。
ひとつの県に人霊樹は数本という話なので、一本奪われるだけで厳しくなるのは想像できるだろう。
「この近くには人霊樹ってあったっけ?」
「ないわね」
気を取り直したみさきちゃんが答える。
「ならここを奪われても最悪の事態だけは避けられるか……」
僕は顎を撫でながら少し俯いてた顔を上げた。
「ダメです!ここを取られちゃ駄目なんです!!」
「えっ?」
だが、愛梨ちゃんが反論する。
「だって、だって、ここは私の……っ」
「あっ……」
浅はかな発言だった。
ここが地元の愛梨ちゃんの前でそんなことを言うなんて……。愛梨ちゃんは地元を守りたくて軍に志願したというのに。
ここを失えばきっと悲しむ。
「ごめん、軽率だった。ほんとにごめんね」
「いえ」
わかってくれたのが良かったのか。あっさりと愛梨ちゃんは僕を許してくれた。
「それにしても荷物多いね。この調子だといつまで掛かるかわかんないよ」
「そ、そうだね」
みさきちゃんが場をとりなすように話題を変え、深優ちゃんが慌てて頷く。
天幕の外では新たなダンプカーが数台到着して、物資の入った段ボールを下ろしている。この調子だと昼どころか夕方まで掛かるかもしれない。
ちょっとお手伝いして終わりだと思ってたから、嫌気がさしてくる。
「明日、新たな部隊が到着するみたいなんです。だからその準備で荷物が多いのかもです」
「だから荷物が多いのか」
僕はうんざりしたようにやれやれとジェスチャーすると、みさきちゃんがぱんぱんと手を叩いた。
「ほら、お喋りは終わり。さっさと仕事終わらせちゃいましょ。まわりで怠けてるの私たちだけだよ」
は~いと、僕らは黙々と物資を天幕に運び続けた。
「よいしょ、とこれで最後かな?」
火の属性能力を持つみさきちゃんと男の僕がいるせいで、重い荷物をあっというまに運び終わった僕たちは、
他の班より早く終わって書類とにらめっこしている愛梨ちゃんの方を見た。
「はい、お疲れ様です。一端休憩にしましょう」
「お疲れ様」
昼食を挟み、午後2時くらいに仕事が終わった僕たちは、他の班の作業を尻目に天幕の中にある椅子に座って汗をぬぐった。
学校で鍛えられてなかったら明日の筋肉痛は間違いなかった。身体を鍛えられてのがこういうときに実感でき、ちょっといい気分だ。
「どうぞ」
「ありがとう」
愛梨ちゃんがどこからか飲料水の入ったペットボトルを持って来て、僕らに配ってくれる。
気遣いの出来るいい子だ。
だからこそ、この子の力になってなんとかしてあげたいと思うが、学生の僕にできることは少なく歯がゆく思う。
僕らが帰ったあと、この子はどうなるんだろうか?
もし負けたりしたら、愛梨ちゃんはちゃんと逃げてくれるのだろうか。
まさかここで最後まで踏ん張るってことはないよね?
深優ちゃんと仲良くなったらしい愛梨ちゃんに視線を向け、複雑な気持ちになる。
幼さが残るものの、間違いなく可愛い部類に入る愛梨ちゃんが死ぬのは心が痛む。
数年後したらグラマーな美少女になりそうなのに、戦で死ぬなんて。
最悪の光景が頭に浮かび、頭を軽く振る。もっといいことを考えよう。まだそうなると決まったわけじゃないはずだ。
僕はどうでもいい学校生活の話題を振り、休憩中は愛梨ちゃんをなるべく笑わせようと頑張った。
そうしてさらに1時間が過ぎ、陽が西に傾き始めた頃、補給陣が俄かに慌ただしくなった。
「どうしたんでしょ?」
「さぁ……」
他の班の手伝いで天幕の中のダンボールから食料品を出していた僕らは一端手を止め、兵士たちが陣の東側に走っていくのに視線をやる。
彼女たちはそれぞれ武器を手に取り、一目散に走っていく。何も目に入らないようだ。
「私が聞いてきます!」
ただならぬ気配を察して愛梨ちゃんが大慌てて天幕から駆け出していく。
だが、愛梨ちゃんが戻ってくる前になにがあったのか理解できた。
「敵襲!敵襲!敵襲!」
槍を持った10代半ばの女の子が、口に手をやり大声で叫んで走り回ってる。
その顔は真剣で、とても冗談には見えない。いや、冗談でこんなこと言ったら軍法会議ものだろうが。
僕らはそれを聞くと、自然に天幕の中にあった武器を取る。
僕とみさきちゃんは刀、深優ちゃんは槍だ。
「愛梨ちゃんっ!」
陣地が大混乱に陥る中、愛梨ちゃんが全力で天幕の中に飛び込んでくる。
「和歌山の奇襲です!みんな来てください!」
「わ、わかった」
愛梨ちゃんが愛用の弓を手に取ると、腰の刀に一度手をやり走り出す。
僕らは慌ててその後を追った。
大混乱の先は、まさにカオスだった。
女の叫びとは思えないほどの怒号と悲鳴が木霊し、三重と和歌山の兵が刀を交えて戦っている。
「きたか! 新川、おまえはその3人を纏めて右に回れッ!」
「はいっ!」
襲撃場所に来ていた榊先生が、僕たちを見つけると、右に回るよう指示し、すぐさま敵と刃を交えはじめる。
今まで人を殺したことがないとか、真剣を持ったことがないとか、そんなこと言ってる場合じゃない。
全員が全員興奮状態で、敵と斬り結んでる。この時点で逃げるとか頭にはまったくなく、ただ、戦わなくっちゃとそれだけが思考を占める。
「3人とも来てくれ!」
「うん!」
僕らは先生に言われた通り、すぐさま味方の右側にまわる。
そこにはクラスメイト数人がいて、僕らと同じように武器をもって戦っていた。
「よし、複数で1人を相手にするんだ。一対一で戦わないで!」
必死の形相で相手と対峙する僕たちは、文字通り命がけだ。
相手は僕らより年上でそこそこの美人だ。顔や身体に返り血を浴びてる事から、誰かを殺したのかもしれない。
僕はみさきちゃんと前に並び、その後ろを槍を持った深優ちゃんと刀を抜いた愛梨ちゃんが守る。
「いくよ、秋ちゃん!」
みさきちゃんが覚悟を決めたように刀を持つ右腕に力を込める。
すると、明らかに真っ赤なオーラーが右手からユラユラと湯気のように立ち昇った。
「おまえ、属性能力者か!」
相手が驚き、踵を返して逃げようとする。
僕が追わなくても!と、止める間もなく、みさきちゃんは襲い掛かった。
グシャッ!!
「ぎゃあああああああ!!」
斬るというより叩き斬るといった一撃。
本気の火の能力を見せつけられ、背筋に冷たいものが通り過ぎる。あの一撃、僕でも受けきれるかどうか……。
どうして逃げる敵に襲い掛かったのか?
問うような視線に気づいたのか、みさきちゃんは淡々と述べた。
「ここで殺しとかなきゃ、他の人を襲うでしょ」
そう言うと、みさきちゃんはすぐさま他の兵士に襲い掛かっていった。
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- 2016/02/27(土) 16:12:46|
- 小説
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