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11──噂──

6月10日 17時 映画研究部


僕は衝撃を受けていた。
保健室の出来事を部長とふたり。隠しカメラとマイクによって一部始終見ていたからだ。

「そ、そんな……」

絶望の色に彩られたように僕はガックリと肩を落とし、桐沢部長はドヤ顔で笑う。

「いい感じの恋愛映画が撮れそうじゃありませんの! これは名作になりますわよ!」

なーにが名作だ!!駄作も駄作!!失敗作だ!!
こっそり部長を睨みつけ、心の中で叫ぶ僕は、拳をぷるぷると握りしめる。

ここまでされたら僕でもわかる。これは演技じゃなく本物。
校舎裏の撮影からすでに演技なんてしてなかったのだ。
そしてこんな衝撃映像!
これもかれもみんな、目の前の悪魔によって全て仕組まれたことだったのだっ!

遥先輩は汚されてしまった。
そう、この悪魔の策略によって!

「モブA、ちゃんと編集しておきなさいよ。ああ、BGMは私の自作の曲を使いますので、そこは編集しなくていいですわ。分かっているとおもいますが、手を抜いたら承知しませんわよ!」

半ば脅すようにして、僕にすごんだ桐沢部長は、それだけ言うと扇子を仰ぎながら椅子にふんぞりかえった。

ホント頭に来る!
一瞬桐沢部長に殺意を覚えたが、なんとかそれを抑える。
部長みたいな人でなしを殺したところで、捕まるなんて馬鹿らしい。
それより学園長である、おじいちゃんに頼んで退学にしてもらおう。
そう考えたのだ。

「それから分かっていると思いますが、このことは他言無用ですわよ。もし喋ればどうなるか分かっていますでしょうね…?」

まるでこちらの考えを読み取ったように、桐沢部長がさらにすごむ。
ここまで来たらもはやエスパーの領域である。
いや、人の心を読むことに長けているといったほうが正しいのかもしれないけど。

もしかしたら部長は、僕がここの学園長の孫であることを知っていて、今回の撮影に同行させたのも僕を共犯にするためじゃないのかと疑ってしまう。
学園長の孫がこんないかがわしい映画の片棒を担いでいると知れたら大きなスキャンダルになるだろう。
もしこれを狙ってやってたとしたらかなりの策士だ。


部長はこちらを見ながら未だ興奮が冷めやらぬよう、パタパタと扇子を仰いでいる。
ああ…ホント、この人は映画のことしか興味ないんだな……。
遥先輩がどうなっても、自分には関係ないんだろうな。

でも……、と僕は心の中で密かに誓う。

(ぜったい、遥先輩をこの悪魔の手から助けてあげますからね!)

と。




6月12日 12時22分 女子トイレ 藤乃宮 遥


「ねぇ遥、春山くんとつきあってるの?」
「えっ」
「えっ、じゃないわよ!最近、春山くんとよくしゃべってるじゃない。だから皆、噂してるよ。遥が春山くんとつきあってるんじゃないか?って」

お昼休み。仲のいいクラスの友人から聞かされた話に、私は驚いた。
確かによく喋ってるけど、彼と私はそんな関係じゃない。
ただ、ちょっとした日常会話をしているだけだ。
他人から見たらつきあってるようにみえるんだろうか?

黙っている私に業を煮やしたのか、友人が催促するように私の脇腹を肘で押した。

「それでほんとのとこ、どうなの?」
「えっと、春山くんとはつきあってないよ。私と彼はただの友人」
「なぁーんだ」

友人は、がっかりしたように両手を頭の後ろで組むと溜息をついた。
私はそんな友人に苦笑いしながら、洗面所で問いかける。

「そんなにがっかりしなくていいじゃない。彼はモテるんだし、それに私が誰を好きなのかは知ってるでしょ?」
「そうだけどさ。でも、絶対、春山くんと遥はお似合いだと思うんだけどなぁ、お互い美男美女って感じで絵になるし」

なおも諦めきれないように言う友人。
だけど、私はそんな彼女にはっきり告げる。

「確かに彼はかっこいいとは思うけど、わたしが彼氏にするのは幸太くんって決めてるから」

そう言い終えると、この話は終わりとばかりに笑顔で友人の背中を押して、一緒にトイレを出る。

そこでタイミング悪く、先ほどまで話題にのぼっていた人物と出くわした。


「やぁ、おはよう、遥ちゃん」
「おはよう、春山くん」

彼は食事に行く途中だったのだろうか、お弁当片手に爽やかな笑みを浮かべている。

そしてそんな笑顔で挨拶を交わす私たちを見て、友人の楓は人の悪そうな笑みを浮かべた。

「ふぅ~ん、春山くんは、遥のこと名前で呼んでるんだぁ」
「ちょっと、楓!」

小さくするどい声で友人に注意すると、目の前の春山くんが「ははは…」と耳触りのいい声で笑った。

「残念ながら遥ちゃんと俺は、君が思ってるような関係じゃないよ。もちろん、そうなったらうれしいと思ってるけどね」

「へー!春山くんは遥ちゃんと付き合いたいんだっ!」

言葉尻を捉えた友人が、キャアキャア言いながら目を輝かせる。
春山くんと言えば苦笑いするばかりだ。

だけど私と言えば、何も言うことができず、内心動揺していた。

ドキンドキンと心音が激しく打ち鳴らされ、
春山くんの顔をまともに見ることができない。

どうしちゃったの、わたし……。
私には幸太くんという男の子がいるはずなのに……。


気づけば、友人の楓が私の顔を覗き込んで、きょとんとした顔をしている。

「どうしたの遥? なんか辛そうな顔してる」
「えっ?」

慌てて私は自分の顔に手をやって表情を確かめると、無理やり笑顔を浮かべた。

「ごめん楓。私、幸太くんと一緒に、ご飯食べる約束してるから先に行ってるね!」

「ちょっと、はるかっ!」


友人の声が背後から聞こえたが、私は振り返ることはしなかった。




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  1. 2012/08/26(日) 20:50:33|
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