創立100周年を祝して田舎にある姉妹校と交換留学──。
僕がこの募集に応募する気になったのは、僕と一緒に行動する友達の影響が大きい。
地元の子しか受け入れないという姉妹校。そこには全国に名を轟かせる名門剣道部があり、その剣道部に憧れをもっている幼馴染の子がどうしてもと聞かなかったのだ。
「どうしても行くのか?」
「うん、絶対行く!」
高校2年になったというのに急に応募すると言った幼馴染の若宮風香。
せっかく悪くない学校生活を送っているというのに、剣道のため行くのは僕にはあまり理解できない。
僕と風香の他に一緒に行動している同じクラスの山手達也と牧原結衣も説得するが、頑としていうことを聞かない。
「わかってるのか? 半年も向こうにいるんだぞ」
「半年なんてあっという間だよ。田舎の綺麗な景色をおかずに学校生活を楽しむ。みんなも一緒に来ない? ねっ、来てよ」
楽観的な性格で、いつもなんとかなるが口癖の風香は、僕らのグループの中心的人物でムードメーカーだ。
いつも何かと世話になってきた僕らは思わず顔を見合わせる。
「そうは言ってもねぇ」
「ああ」
黒髪ロングの結衣ちゃんが言い、悪友の達也が煮え切れない表情で答える。
僕らは親友と言っていい間柄だ。
帰りも大抵一緒だし、遊びに行くのも一緒で何するのも一緒の関係。
黒のセミロングを纏めて後ろに垂らしたポニーテールの風香の勝気な性格を知ってる分心配は尽きないが、僕らの生活にも大きな影響を与える山村留学には素直にうんと言ってやれない。
「こ、浩太は来てくれるよね?」
二つ返事で了承してくれると思ってたのか、ショックを受けたように風香がすがるような視線を僕に向けてくる。
こんなこと言われても、僕も困るんだけど……。でもそのまま伝えたら怒り出すし。
というか、ウチって一応進学校だし。
「とりあえず親に相談してみたら?」
「親がいいって言ったら来てくれる?」
「考えてはみるけど……」
僕にも都合というものがある。
なんだかんだと言って風香に甘い僕だが、さすがにこれはねぇ。
「じゃあ、浩太は決まりだね。達也も結衣も私の親がOK出したら決まりだからね。それじゃあよろしく!」
「あっ、おい!」
反論は聞かないとばかりにぴゅうと風の如く去ってしまった風香。
無理難題を置いてかれた僕らは、ふぅと溜息をつくと、顔を見合わせてとりあえず親に言うだけ言ってみるかと、アイコンタクトで会話を交わすのだった。
「いやー、みんな来てくれてよかった。実を言うと一人だと不安だったんだよねぇ」
ある晴れた4月の上旬──。
僕ら4人は結局、風香に引っ張られる形で留学することが決まった。
親に話した後、風香のことをよく知る親から留学を快諾されてしまったのだ。
僕の親は大雑把だから可能性はあったが、達也と結衣の親まで快諾するとは驚きだ。どうやら風香は事前に両方の親に工作をしていたらしく、気づいたときはやられたと苦々しく思った次第である。
「まったく無茶するんだから……」
「ごめ~ん、結衣。そんなに怒らないで」
ホームスティ先に荷物を送り終え、僕ら4人は向こうの学校に通うため一緒に電車を乗り継ぎ、今は向かい合った席で特急列車に乗っている。
向こうはとんでもない田舎で、ここからだと6時間以上かかるらしい。
かなり遠い。
「でもよ、俺は結構ワクワクしてるぜ。なんか外国に行くみたいでさ」
「でしょ~。私もそう思ってたんだよね」
「こら、調子に乗らない」
達也が調子よく言い、それに乗っかった風香を真面目な結衣が叱る。
田舎で地元の子しかとらないと高校と聞いてるので生徒数はそんなにいないだろうが、実のところ僕も少し楽しみにしている。怒られるので僕は言葉に出さないけど、一旦決意してしまうとこんなものだろうか。
吹っ切れてしまうとなぜか楽になったりするよね。
「しかし希望者が僕ら4人だけだと思わなかったよ」
「だな、勇気のない奴らだぜ」
渋ってたことを棚にあげ僕らは流れる風景を見ながら、悪態をつく。
いつも僕ら男の会話はこんな感じだ。適当に喋り相槌を打つ。会話に特に意味のあることはなく、どうでもいいことを話して時間を潰す。
こういうところが僕と達也を親友にしているわけで、他の奴らなら何言ってるんだ、こいつ?と思うような会話も成立するので楽だ。
そして風香といえば、僕の幼馴染で僕は小さいころによく子分にされて引っ張りまわされていた。いまでこそ口に出せないが、こんなに巨乳ポニテ美少女になるなんて想像もしなかった。
僕が小さいころのガキ大将っぷりを話しても信じてくれなかったりするくらいなのだから想像するのもたやすいだろう。
それからもう一人の美少女牧原結衣と言えば、そんな明るい風香に無理矢理友達にされた真面目な黒髪ロングの清純派美少女タイプの子で、正統派ヒロイン補正があることから大変クラスでも人気が高い。
僕が見たことあるだけで5人の男から告白されてたので、水面下ではもっと多いだろう。なぜか彼氏は作ってないみたいだが……。
僕と達也は他愛のない話をしながら何気なく風香と結衣は見ると、彼女たちは僕らを無視してパンフレットを見て向こうの学校の話をしていた。
食べ物がどうこう言ってるので、向こうの名産でも話してるのだろう。
ふたりとも色恋より食い気ってやつか。
僕はふっと鼻で笑うと、達也の会話を打ち切って窓の外に視線を走らせる。勢いで来てしまったが、いったい向こうではどんな学校生活になるのだろうか。ちゃんと歓迎してくれればいいけど、田舎の学校って閉鎖的なとこもあるって話だしなぁ。現に地元の子しか取らないことからそうだし。
「どうしたの?」
「ん?」
そんな不安が表情に出ていたのだろうか。いつのまにか結衣が話を止め、僕の顔を見つめている。
そんな顔で見つめられると照れる。ただでさえめちゃくちゃ可愛いんだし。
慣れてなかったら顔を真っ赤にさせてたよ。
僕は心配させないように首を振ると、なんでもないように笑顔を見せる。だが、長い付き合いの結衣には通じなかったようだ。僕が何を考えてるのか言い当ててくる。
「向こうの事?」
「うん」
僕は仕方なく肯定する。
「いったい何が不安なのよ。ワクワクしかないでしょ」
「そうだぜ。もっと気楽にいこうぜ」
能天気なふたりは楽観的な様子で、ヤレヤレと首を振る。
こいつら向こうの事なんてたいして考えもしないんだろうな。まったく。
「その、閉鎖的な学校みたいだし。大丈夫かなって……」
僕は結衣にだけ不安を打ち明けるように話しかける。
「何言ってるのよっ、名門中の名門で剣道が有名な強豪校なのよ。心配する必要なんてないでしょ」
結衣だけに話しかけたつもりだったが、当然の如く風香が口を挟んでまくし立てるように言い始めた。
僕はこれだから風香の前では言いたくなかったんだよ、と内心苦笑いしていると、
「風香、ちょっと黙ってて」
と、結衣が僕の心を読んだように風香を止めてくれる。
「実は私もそれを感じていたの。今どき地元の子しか入れない高校ってあるのかなって」
結衣がわかってくれたように僕に同意してくれた。やっぱり優しい。
気配りができて本当に可愛いのになんで風香と気があうんだ。
「だよな!俺もそう思ってたぜ!」
こいつは本当に・・・。
僕は一人納得したように腕を組んで頷き始めた達也を無視すると話を進める。
「うん。僕なりにちょっと調べたんだけど、閉鎖というか隔離に近い場所にあるから地元の子しか受け入れないというより、通えないというほうが正しいのかもしれない。だけど剣道が強いなら入学を希望する子もいると思うんだよね。それこそ風香が言ったみたいに剣道だけに集中できそうな環境だし」
うんと、風香と結衣が揃って頷く。
「だけどそれすら受け入れてない。田舎なら土地が安いし寮だって作れそうなのに」
「それはアレだよ。ほら、弱い人を受け入れたくないとか?」
自分で言ってて説得力がないと気づいたのか、風香の言葉が尻つぼみになる。
「とにかくそこが引っかかるんだよね。田舎特有の閉鎖気質のせいなのか、それとも他に理由があるのか」
「ん、なるほど」
結衣がようやく不安の正体がはっきりしたとばかりに、大きく頷いた。
「考えすぎじゃねぇの? 案外金がないとか地元の子だけのために学校を作ったとか色々あるでしょ。私立みたいだしな」
「だといいけど」
辛気臭い話はごめんだ、と達也が話を打ち切ろうとする。
「なんにしても行ってみないとわかんないよ。行ってみてから考えようよ」
「そうだな」
あまり不安がらせるのは皆の為にもしちゃいけない。
僕も風香に乗っかるように笑顔で同意した。
そうだ、新天地に行くのだ。
風香が一番楽しみにしてるし、変なこと言うのは野暮だろう。
僕は不安を打ち消すように、風香に差し出されたお菓子を手に取り笑顔を見せた。
電車に揺られること数時間後。
ようやく僕らは最後のバスでの旅を2時間終えて現地についた。
予想していたとはいえ、とんでもない田舎風景で、何もない。
日がすでに暮れ始めていることもあって、僕らは今日からお世話になる坂城さんというお屋敷に向かう。
さっきも言った通り寮なんてないからホームスティだ。
風香や結衣は不満だろうが、僕らはこれから一つ屋根の下で暮らすことになるのだ。
これは本当に楽しみ。
地図を見ながら和風屋敷に着くと、呼び鈴を鳴らす。
緊張の瞬間だ。
いったいここの人はどんな人だろう。怖い人じゃないといいけど。
「はーい」
出てきたのは、僕らと同じくらいの歳のセミロングの大人しそうな女の子だった。
とても可愛い子で、風香や結衣で鍛えられた美少女耐性のある僕でも、一瞬だが見惚れてしまう。
思わず声が裏返り、考えていた挨拶をどもってしまう。
「お、お世話になります。中手島高校のあ、秋島浩太です。これからよろしくお願いします」
「中手島高校のみなさんですね。お待ちしておりました。お父様はすぐに出てくるので待っていてくださいね」
僕の緊張など気にしないように、笑顔で挨拶を返してくれた美少女。
思わずじっと見つめてしまうが、ゴホンゴホンと後ろから咳が聞こえて我に返る。
「す、すいません。ちょっと見つめてしまって」
「大丈夫ですよ。緊張なさってるんですしね」
再びニッコリ微笑んでくれた可愛い子。
なんて優しい子だ。まるで天使。
後ろからの視線が痛いが、この子の前ではまさに無力。
名前なんていうのかな?と暫く考えていると、すぐに玄関から下駄を履いた20代後半くらいの青年が出てきて、目の前の子と視線を交わすと僕らの方に微笑みかけてきた。
「よく来てくれたね。待ってたよ。僕がここの主人の坂城正臣だ」
内心一同、若っ!と思いながら、本当にここの主かと女の子に視線を送ると、女の子が頷いたので僕らは慌てて頭を下げる。
「今日からお世話になります」
「そう畏まらないでくれ。今日から家族になるんだし」
笑いかけられ、温和で優しそうな人だとホッとする。
かなり若く見えるが、そこの天使の親ならそれなりに年をいってるだろ。イケメンなのも納得できる話だ。
一通りの挨拶が終わると、僕らは家の中に招き入れられる。
女の子の先導で今でいうところのリビングみたいな大きな和室に通され、緊張気味に僕らは長机の前で座る。
正臣さんが僕らの対面に座り、隣に座る娘の自己紹介をしてくれた。
「この子は僕の娘の坂城日奈だ。日奈挨拶をして」
「坂城日奈です。みなさんよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げられ、僕らも頭を下げる。
「この子は君たちと同じ高校に通う一つ下の高校1年生だ。仲良くしてやってくれ」
「もちろん!」
達也が真っ先に軽い返事をして、ギロリと風香と結衣ににらまれる。馬鹿、さすがに初対面の人に失礼だろ。
「いやいや、構わんよ。こうみえても日奈は少し人見知りをする子でね。本当に仲良くしてくれると助かる」
「「はい」」
今度は一緒に返事を返した。
「じゃあ、みなさんのお部屋に案内しますね」
「うん、ありがとう」
こうして僕らの生活が始まった。
>>
- 2017/04/23(日) 01:02:07|
- 小説
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0