「今日はもう遅いですので、明日村の案内をしますね」
「ほんと? ありがとう」
晩御飯のあと、すっかり日奈ちゃんと打ち解けた僕らは、日奈ちゃんの提案をありがたく受け入れた。
喋ってみるとこの子、言葉遣いは丁寧なもののかなり親しみが持てる優しい性格の子で、かなり好感が持てる。
いやぁ、妹がいるならこんな子が欲しかった。
僕らは長旅で疲れていたこともあり、今日は早めに就寝することにする。
個人宅と言っても大きな屋敷なことでもあり、僕らにはそれぞれ和室の個室が用意されていた。
(日奈ちゃん可愛い子だったなぁ)
床に入った僕は、暗闇の天井を見上げてうつらうつらする。
正直、ホームスティ先に期待してなかったから、ワクワクしている。風香や結衣のこともそうだけど、日奈ちゃんも加わって楽しい下宿生活が待っていそうで楽しみだ。
ハプニングで着替え中にばったり会ったり、色々えっちなトラブルがあるかもしれないし、来たかいあった。
こんな嬉しい生活が始まるというだけで、心躍るのを感じながら僕は意識を遮断させるのだった。
朝の10時──。
土曜日で学校が休みなこともあって僕らは少し遅い朝食を終えると、玄関先に出ていた。
日奈ちゃんが今からあちこち案内してくれるそうだ。天気が良くてよかった。
「じゃあ、今から案内しますね。どこか行きたいとこありますか?」
「こっちのことわかんないから日奈ちゃんに任せるよ」
希望を聞いてきた白の清楚なワンピースを着た日奈ちゃんに僕が答える。
少し暑いくらいなので、僕と達也、そして活発な風香はTシャツにジーパン。結衣だけが、なぜかこっちの制服だった。
「結衣、せめて休日くらいは私服にしようよ」
さすがに突っ込みたかったのか、風香が呆れたように結衣に言う。
「ごめんね、でもこっちの制服に少しでも慣れたくて」
結衣が真面目なのは知ってるけど、ここまで真面目なんて。
付き合いの長い僕らも、さすがに苦笑いをするしかない。
そんな僕らのやりとりを微笑ましそうに見ていた日奈ちゃんは、切りのいいところで
「ではまず、月曜から通う学校まで案内しますね」
と、舗装された細い道路を左に向かって歩き出す。
結衣に気を使ったのだろうか。
本当にいい子である。
辺り一面広がる田園風景を横目に、僕らは車一台通らない道を歩く。
都会の喧騒がない田舎はとても静かで、空を見上げればトンビまでいることから心まで解放された気分だ。
「ねぇねぇ、日奈ちゃん学校まで何分くらい?」
「徒歩で約15分。自転車ならもっと早いですよ」
「へー」
先頭を歩く日奈ちゃんの横に並び、達也が馴れ馴れしく訊く。
まさかと思うが達也。おまえ日奈ちゃんを狙ってるわけじゃあるまいな?
これからお世話になる家の子だぞ。
「でも自転車ないしなぁ。ねぇよかったら日奈ちゃん、月曜から一緒に二人乗りで学校に……」
「こら、何言ってるのよ。あんたは走っていきなさいよ。普段運動しないから体力有り余ってるだろうし」
「いやいや、風香さん。俺は運動オンチですよ。自転車通学で少しでも運動神経を磨きたいのよ」
「なら、なおさら走りなさいよ。日奈ちゃんが迷惑するでしょ。あんたなんかと二人乗りしたら学校で何言われるか」
「ひどい!」
風香と達也が漫才じみた言い争いをはじめ、日奈ちゃんはクスクス笑う。
「で、どう? 俺と一緒に……」
「別に構いませんよ。達也さんが漕いでくれるなら」
「マジか! 漕ぐ漕ぐ! 日奈ちゃんの為に、海の向こうまで漕ぐよ!」
イタズラっぽく爆弾発言をした日奈ちゃんに、達也が狂喜し風香が達也の頭にチョップをかます。
「いたっ!」
「調子に乗るな! 冗談に決まってるでしょ」
達也が頭を押さえ、風香が日奈ちゃんに優しい声色で喋りかける。
「嫌だったらちゃんと嫌だって言わないと。こいつはすぐ調子に乗るからね」
「わかりました」
日奈ちゃんは笑顔で頷き、達也は絶望の表情を浮かべる。
まさか達也、おまえは本気でOKしてくれたと思ってたのか?
なんて能天気な奴なんだ。
僕らは他愛な話をしながらいくつかの一軒家と小さな出張所のような郵便局を通り過ぎ、あれはなんだこれはなんだと質問しながらついに目的地の中木島高校に着く。
「へーここが日奈ちゃんの通ってる高校ね。ホントにウチと一文字違いの高校なのね」
「来る前に確認したろ」
珍しく結衣がボケたので、僕が突っ込む。
僕らの学校が中手島高校で、これから通うのが姉妹校の中木島高校だ。ちなみに一文字違いなのは、どうやら僕らの学校を作ったのがこの村の出身者らしい。
中木島高校は大きな木造2階建ての学校で、いかにも田舎の高校です、といった佇まいだ。
校舎の大きさから通っている子はかなり多いかもしれないが、それでも僕らの高校よりかは少なさそうだ。
「授業はしてませんけど、部活はやってるはずです。見学に行きますか?」
「うん、行く!」
ここの剣道部が目的で来た風香がすぐさま元気よく返事し、僕らは通用門を抜けて中にはいる。
「剣道部ってどこにあるの?」
「剣道部は校舎の裏手にありますが、今日は確か活動してないはずですよ」
「えっ、そうなの?」
ガックリと風香がわかりやすいほど肩を落とす。
「もしかして風香さんは剣道部に入るためこっちに?」
「うん、そうなんだ。ここって強豪だから憧れてて……」
「そうでしたか。剣道部は有名ですからね」
納得したように日奈ちゃんが頷いた。
「剣道部って練習厳しい?」
「わたしは剣道部じゃないのでわかりませんが、厳しいと思います」
「だよね。そうじゃないと全国大会常連なわけないし」
わかってるなら訊くなよ!と日奈ちゃんを除く全員が内心突っ込みを入れながら、せっかくだからと日奈ちゃんが校舎の裏手にある剣道部の道場まで案内してくれることになる。
僕らは歩くたびにキシキシ音を立てる木造の校舎の廊下を新鮮な気持ちで歩きながら、ここは音楽室、ここは家庭科室と道すがらに説明される。
そして職員室を通り過ぎようとしたところ、ひとりの男子生徒と出会った。
「おい、坂城。こいつら見ない顔だけど、だれ?」
「月曜からここに通う、秋島浩太さん、若宮風香さん、山手達也さん、牧原結衣さんですよ」
「ああ、そうだった。交換留学生が来るんだったな。歓迎するよ、俺は生徒会長3年の名木晴斗だ。よろしく」
もう、僕らのフルネームを日奈ちゃんは覚えてくれたのかと感動しながら、僕が差し出された会長の手を代表して握る。
「坂城はウチの生徒会の書記もやってくれている。わからなかったらなんでも訊いてやってくれ」
「えっ、そうだったんだ」
僕らは一斉に日奈ちゃんの方に顔を向ける。
「わたしなんてまだまだです。会長に迷惑をかけてばかりで」
「そんなことはない。おまえはよくやってくれて俺も頼りにしている。これからも生徒会を支えてほしい」
「はい、頑張ります」
仲のいい先輩後輩の関係。少し日奈ちゃんの頬が朱に染まったことから、もしかしたらの関係かもしれない。
ふと、隣から負のオーラーを感じたので視線を移すと、案の定達也が絶望の表情を浮かべて立ち尽くしている。
しょうがないよな、この生徒会長イケメンだし。
気持ちだけはわかるよ、気持ちだけはね。
決して達也に同情はすまいと、生徒会長が通り過ぎたのを見計らうと、結衣が気になってるような口ぶりで日奈ちゃんに語り掛ける。
「ひょっとして下宿先に日奈ちゃんの家が選ばれたのって、書記だったから?」
「ええ、そうですよ」
特に否定することなく、日奈ちゃんは笑顔で頷く。
「それはなんというか、ごめん」
僕らがそうだったのかと軽く頭を下げると、日奈ちゃんは首を横に振りながら言う。
「謝らないでください。わたしから立候補したんです。都会の人が家に泊まってくれたら楽しそうだなって」
「そ、そっか」
強制じゃないのにホッとすると同時に、僕らも自然と笑顔になる。
やっぱりこの子はすごくいい子だ。
マジ妹がいたらこんな子が欲しかった。
「じゃあ、剣道部に行きましょうか」
「うん」
僕らは再び歩き始めた日奈ちゃんの後についていった。
中木島剣道部──。
そこは僕らが想像してたような場所ではなく、入口からして特殊だった。
なぜか道場が校舎から離れた山中にあり、入口には山門がドンと鎮座している。
日奈ちゃんの話しによると、剣道部は関係者以外立ち入り禁止で、生徒であっても気軽に中にはいることは出来ないらしい。
「う~ん、勝手に入ったらまずいかな?」
「どうでしょう。風香さんは一応入部希望者ですし」
山門から上に続く階段。両側は木に覆われ、厳かな雰囲気が漂う。
「風香だけ行ってみればいいじゃねぇか」
「でも風香はまだ学校に通ってないのよ」
真面目な結衣が、達也の意見に反論する。
「相変わらず固いな結衣は。黙ってたらわかんねぇよ、今日部活休みなんだしな。ちょっと見てくるだけじゃねぇか」
「だめよ。風香を悪の道に誘わないで」
「誰が悪だ、誰がっ!」
言い争いを始めたふたり。行かせる行かせないの押し問答だ。
本人そっちのけで言い争うふたりに呆れながらも、僕は風香に言う。
「どうする行くか?」
「今日はやめとこうかな。行ったら結衣がすねるし」
「そうか」
苦笑いする風香に、僕は頷くと、達也と結衣に声をかける。
「帰るぞ」
「なに、おまえまで裏切るつもりか!?」
「違うぞ、風香がまたにするからって」
バッと風香を見る達也に、風香はあははと困り顔で手を振る。
「さすがわたしの風香。よくできました」
「もう、やめてよ。子供じゃないんだから」
風香を褒めるように結衣が手を頭に伸ばしたので、風香は慌てて結衣から距離をとる。
「もう、逃げなくていいのに」
「結衣が頭を撫でようとするからでしょ」
若干すねかけた結衣を、風香があやしながら再び校舎に戻っていく。
「これからどうしますか?他に案内できるとしたら体育館とかですが……」
「いや、職員室とか教えてもらったしもういいよ。それよりこの辺りで遊べるところとか案内してくれないかな?」
「遊べるところですか……」
少し考え込む日奈ちゃん。
「あると言えば、ありますが今から行きますか?」
「うん、お願い」
真面目な結衣や剣道部に行きたかった風香に付き合ったんだから、今度は僕の興味あるとこ行ってみていいだろ。
僕らは学校をでると、歩き出す。
「そういえば、昨日から思ってたんですが、みなさんはとても仲良しなんですね」
日奈ちゃんが隣に歩く達也の横顔を見ながら言う。
留学生というから学年が別であったり、友達じゃなかったりする子が来るのだろうと思ってたのかもしれない。当然だろう。
「そうだぜ!俺たちは親友だからな」
「そうなんですか?」
「ええ、わたしたちは同じクラスでいつも一緒に行動してるの」
結衣が背中まで伸びる黒髪を靡かせ、少し誇らしげに言う。
「へー、いいですね。そういう友達って」
羨ましそうな声色で日奈ちゃんは、結衣をみた。
「日奈ちゃんはいないのか?」
「ええ、わたしはそこまで仲のいい友達がいなくて」
「まぁ、生徒会やってたら忙しいだろうしね」
慌ててフォローするように風香が一言いれ僕らも同意する。
そう、日奈ちゃんは一年なのに書記をやってる頑張り屋さんだ。学校でのお仕事が忙しくて、なかなか遊ぶ暇もないだろう。
「なら俺が一番の友達になってやるぜ!」
「あんたが言うといやらしく聞こえるのよ。日奈ちゃん、こいつのこと信じないでね」
風香が達也の肩を叩いて、日奈ちゃんから遠ざけようとする。
「おい、今日はやけに俺に厳しいな!」
「あんたが純粋無垢な日奈ちゃんを毒牙にかけようとするからでしょ」
「俺をなんだと思ってるんだ!俺みたいな紳士はそこらにはいないぞ」
「どこが」
わいのわいの騒ぎ、僕らは歩く。
本当なら昼飯の時間だが、休日ということもあって少し遅めの朝食だったから、まだお腹は減っていない。
僕らは体感時間20分くらいかけて、日奈ちゃんの言う遊び場。川に連れてきてもらった。
「へー、ここが日奈ちゃん達の遊び場なんだ」
結構幅があるゆったりした流れの川を前にして僕は呟く。
「実は遊び場って言っても私だけが来る遊び場なんです。夏には泳いだり、たまにお父さんとキャンプしに来たりするんですよ」
「それは楽しそう!」
活発な風香が、目をきらきらさせながら、自分もキャンプがしたいと言い出す。
「じゃあ、明日日曜ですし、ここでカレーを作りますか?」
「うん!」
風香が二つ返事で頷いた。
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- 2017/05/05(金) 15:22:24|
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