7月14日 水曜日 午後12時16分 教室 近藤幸太
僕のことはちょっとしたクラスの話題になっていた。
それはそうだろう。僕と遥ちゃんがいつも一緒にお昼を食べていたのは皆知っている。
それが僕一人で購買のパンを教室で食べるようになり、遥ちゃんは隣のクラスの春山とご飯を食べるようになったんだ。
噂にのぼらないほうがおかしい。
「おい幸太、おまえ振られたのか?」
こんな風に冷やかしてくるクラスメイトがいたが、僕は徹底的に無視を決め込んだ。
相手にしたって仕方がない。相手にしたところで、馬鹿にされたり同情されるということが分かっているからだ。
興味深そうにクラスメイトがこちらを見ているなか、僕は黙ってパンを食べ続ける。
僕の顔はちゃんと無表情になっているだろうか。
苦しみで歪んだりしていないだろうかと思いながら。
そしてクラスメイトが僕から離れていったところで、ゆっくりと考え始める。
どうして遥ちゃんは僕と一緒にご飯を食べてくれなくなったのだろう。遥ちゃんは、部活の事で春山と話があるから弁当を食べれないと言っていたけど本当のところはどうなんだろうと。
確かに最近は遥ちゃんと一緒に帰れないなど、少しすれ違いが多かったが、それでもうまくやっていた。
だけどいくら部活のことがあるからといって、僕より春山と一緒にお昼を食べるのはいったいどういうことなんだろうか?
春山と遥ちゃんが以前と比べて仲良く話すようになったのは事実だ。
だけどそれはあくまでも友人としてであり、特に深い関係になったという話を聞いたこともないし、遥ちゃん自身、特に変わった様子はあまり見られなかった。
現に春山とお昼を食べるようになったのは部活での事だと僕は聞いている。
だったらなぜ……
僕は考えるのをやめ、顔をあげる。
そして、自分の心に染み込むように言葉を噛みしめ言い聞かす。
きっと今だけだ、今だけなんだ。
いつか遥ちゃんが笑顔で僕にお昼を誘ってくるにちがいないんだ……。
と。
7月14日 水曜日 午後12時36分 映画研究部 天目雅彦
「素晴らしいですわ!!見なさい!あの表情をっ!
あのような表情、仕草、どんな役者でも真似できませんわっ!!まさに彼は、ワタクシの映画に出るために生まれてきたのですわ!!」
お昼休み、部員数人を集めた部室で、桐沢部長が飛び跳ねるようにして狂喜していた。
今、見ているのは藤乃宮先輩の幼馴染幸太先輩が、クラスメイトにからかわれている姿を隠し撮りしたものだ。
映像の中の彼は、1人寂しくパンを噛みしめ、崩れ落ちそうになる体をなんとか気力で持たせてるといった感じで、
見てるこっちが痛々しくなってくる。
「ああーーーー!!」
周囲がドン引きしているのも目に入らぬよう、部長は自分の身体を抱きしめ、さめざめと涙する。
「ああぁ、ワタクシは夢を見ているのかしら…まさかこれほどの名作に携わることができるとは……」
映像が変わり、今度は春山先輩と遥先輩のSEXシーンが映し出される。
全裸になった二人が体育倉庫で正常位で交わってる姿だ。
画面の中の春山先輩はすっかり開き直ったのか、隠しカメラの前だというのに遥先輩にのしかかり腰を振っている。
もう羞恥心の欠片もない。カメラの存在などまるで目に入らぬようだ。
「どうやらモブ山くんも役者としての自覚を持ち始めたようですわね。彼も素晴らしいですわ」
感涙の涙を流し続ける部長。
だが、映画研究部の部員たちといえば、幸太に同情的であった。
自分たちも桐沢部長に虐げられてるので、親近感を覚えたのである。
「可哀想だよな。幸太先輩……」
僕の隣にいた1年生の男子が、部長に聞こえぬよう、そっと話しかけてきた。
「そうだね…可哀想だね」
僕も頷きながら、そっと言った。
本当のところ、僕も遥先輩が好きだったので、ここから逃げ出したいほど辛かったのだが、これを知らずに隠し撮りされている幸太先輩のことを思うと胸が痛くなってくる。
ある意味恋のライバルなのだが、無力だと言う点では自分と重なってるのは間違いないからだ。
いや、無力どころか、何も知らない無知ということも加わるのだから僕より立場はひどい。
もし幸太先輩が全てを知ったらいったいどうなるのか?それを考えただけで寒気がしてくるほどだ。
そして、遥先輩を助けると以前助けると誓った僕だけど、結局あれから何もできなかった。
マスターテープは桐沢部長が押さえているから部室にある映像を消しても無駄だし、おじいちゃんに泣きついたところで、恐らく桐沢部長を退学にすることは無理だからだ。
弱みを握られている部員たちが身を犠牲にして僕と一緒に、この映画のことを告発してくれるか分からない。
精神的にも追い詰められている彼らが、逆に反逆を起こそうとしている僕をチクる可能性があって、なかなか身動きが取れないのだ。
そうして、そうこうしてるうちにどんどん状況は悪化し、目の前の映像のようになっている。
もう落としどころがさっぱり予想できない。もうこの先を知るのは目の前で涙を流しているこの悪魔部長だけだろう。
テレビ画面の中の遥先輩が「あんあん♥」喘いでいる声が室内に響く中、僕たちは桐沢部長を見つめる。
お昼にかかった召集命令。
その内容をまだ聞いてないからだ。
どうせロクなことではないんだろうけど……。
「さて、みなさんわざわざお集まりいただいてありがとうございます」
暫くして涙を拭いた桐沢部長がようやく言葉を発した。
その顔は神妙であり、本性を知らない者が見たら、窓辺にたたずむ令嬢を想像してしまうだろう。
もちろん知ってる僕らから見れば、悪魔が人間界に攻め込む大号令の前の静けさにしか思えないわけなんだけど。
そんなことを内心で思っていると、
桐沢部長が、サッと右手を上にあげ僕を指し示した。
「モブA、あなたはワタクシが呼んだ理由がわかりますかしら?」
「……はっ? え、えっとわかりません……」
そんなの誰にも分かるはずもないのに、どうして僕に聞くんだ?と思ったが、僕は素直にわかりません。と答えておく。とんちんかんな答えを言ったらボロクソに言われるに違いないからだ。
だけど、桐沢部長はそんな僕の答えを聞いて不満そうに眉を跳ね上げ、扇子をいきなり僕に投げつけた!
「いたっ!?」
扇子が僕のおでこに当たり、僕は額を抑えながら「うう…」と顔を顰める。
「まったく貴方は相変わらずダメダメですわね。ワタクシ失望していますわよ。
いいですか、すでに計画は終盤に差し掛かり、残りは後僅かとなっておりますわ。そこで貴方たちがワタクシに呼ばれた理由は……」
そこで懐から扇子を取り出した桐沢部長が目を細めて、いきなり扇子を他の部員に向ける。
「そこのおまえ!!」
「は、はいっ!」
「ここまで言えば分りますわよね。さぁワタクシがなぜ呼んだのか理由を述べなさい」
「え、えっと……」
戸惑う男子部員。必死に左右にいる他の部員の顔を見るが、みんなサッと目を逸らしている。巻き込まれたくないので当然だ。
「あっ、えっとそれは、桐沢部長がちょっと早い映画完成記念のお祝いに、ご飯でも奢ってくれるということじゃないですかね。
俺大感激です!」
シーンと静まりかえる部室。
みるみるうちに怒りで真っ赤になっていく桐沢部長の顔。
何言っちゃってるのこいつ……という雰囲気があっという間に広まっていく。
あーあ、これはやばい、ご愁傷様としか言いようがない。
「おまえは……素晴らしい頭脳を持っているようですわね。…ワタクシちょっと笑うところでしたわよ……」
怒りを通り越して逆に無表情になった桐沢部長が穏やかな声で言う。だけど肝心のバカが空気を読めてない。
「いやーやっぱり当たりでしたか。部長!ここは派手に寿司なんて頼みません?俺寿司が大好物なんです!」
1人はしゃぎながら部長に話しかけるバカ。もうどうしようもない。
他の部員もこれから起こる惨劇を予想して顔が引き攣っている。
「ええ……ワタクシもお寿司が大好物ですわ。ですが、ワタクシ、馬鹿と一緒にお寿司を食べる趣味はありませんの……」
「ですよね。俺も馬鹿が嫌いです!そんな奴すぐ追い出しますね!」
そこで馬鹿が僕に振り向き声をかける。
「おまえがいるとシースーが注文できねぇんだよ。さっさと出て行けよ。みんな迷惑してるだろ!」
まるで桐沢部長の代理人のように、声高に言う馬鹿。
だけど後ろを見たほうがいいぞ。もう遅いけど……。
見れば桐沢部長は般若のような顔で、自分に背を向ける馬鹿の頭に思いっきり扇子を振りおろそうとしている。
他の部員たちが「ヒッ!」と顔を歪めているが、僕しか見てない馬鹿は気づいていないようだ。
「ん……なんだよ。みんなしてそんな顔して?」
ようやく気付いたのか馬鹿が間抜けにそんなことを言うが、もう何もかも遅い。
ベキイィイ!!力をめいいっぱい頭上で溜めた振りおろし!
勢いのついた扇子は馬鹿の脳天に直撃し、馬鹿はそのまま鼻血をブーっと出して前のめりにぶっ倒れる。
部長といえばそんな馬鹿を冷たい目でみおろした後、ぐにゃりと曲がった扇子を投げ捨て、改めて僕たちに向き直った。
「さて、とんだ馬鹿のせいで話が逸れましたが、あらためて貴方たちを呼び出した訳を話しますわ。
それは、貴方たちにあることをして欲しいからですわ。それは……」
……まさに、悪魔だから思いつく計画。
この映画の結末がこうなるとは、僕にも、いや、誰にも予想できなかったに違いなかった。
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- 2012/09/04(火) 19:51:52|
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