7月22日 木曜日 放課後 廊下 近藤幸太
「あら? 近藤くんじゃありませんの。今日も1人でご帰宅ですか?」
部活を終え部室の鍵を職員室に戻した後、
下駄箱に向かうべく廊下を歩いていた僕に、前方から歩いてきた桐沢が立ちふさがるようにして声をかけてきた。
「……何か用?」
今の僕の境遇を知ってるであろう桐沢の言葉に、悪意を感じ、僕はそっけなく返事を返す。
こんな奴の相手をしたくない。一刻も早く寮に帰って寝たいのだ。この頃学校にいてもストレスが溜まるだけで辛い。
「あらあら、どうやらご機嫌ナナメのようですわね……。そういえば、遥さんが教室にいましたわよ。
たまには仲良く帰られてはいかがですか?」
特に何か用があるという訳でもなかったのか、桐沢はそれだけ言うと、扇子を出して仰ぎながら職員室の方へ去って行った。
「………」
てっきりこいつも僕を笑いに来たのかと思ったが、たまにはいいことを言う。
僕は桐沢の姿が見えなくなると、すぐさま教室へ向かって足早に歩き出した。
──ああ、僕は夢を見ているのだろうか……。
……着いた先で見た光景。目を疑うような行為。
絶対にあってはいけない出来事。
夕日が教室を赤く染め、その中で遥ちゃんと春山が抱き合いながらキスを交わしている。
2人はキスをするたびに何度も見つめあい、愛を確かめるようにしてディープキスを繰り返している。
舌をねちゃねちゃと絡ませ、何度も何度も唾液の交換を行う春山と遥ちゃん。
廊下で見ている僕の頭が上手く働かないまま、彼らの行為は続いていく……。
キスを終え、おもむろに春山のズボンの前にしゃがみこんだ遥ちゃん。
魅入られたように見つめる僕の前で、遥ちゃんは少し恥じらいを浮かべながら春山のジッパーをジジジ…と下ろす。
そこから現れた春山の赤黒い勃起したちんぽ。
照れたように遥ちゃんは、人差し指でちょんちょんと突いて、
可愛らしい小さな口を開け亀頭をゆっくり飲み込んでいく。
「あぁ……」
いったいその擦れた声は、僕と春山、どちらの口から洩れたものだったのか。
まさに地蔵のように動けない僕の目の前で、かわされる2人の愛の営み。
待ちかねたように春山は、両手で遥ちゃんの頭を掴み、腰を卑猥に前後に振り始める。
自分の口がまるでオナホールのような扱いを受けているのに、遥ちゃんは目を閉じ頬を染め黙って春山の行為を受け入れている。
邪悪な笑みを浮かべ、遥ちゃんの口でチンポを出し入れする春山は本当に気持ち良さそう。
僕は、あまりの光景に自分の目が信じられず、口に手を当て
夢から醒めたようにその場から廊下を蹴って走り去る。
──嘘だ嘘だ嘘だ。信じない。絶対に信じない!
僕は狂ったように当てもなく走りながら、自分に強く言い聞かせる。
そして僕は男子トイレに飛び込むと、そのままゲーゲーと胃の中のモノを吐き出した。
まるで頭の中に残っているのものを吐き出すように。全て洗い流すように。
そして吐き出すモノがなくなってようやく冷静さを取り戻す。
あんなことありえない。教室であんなことして誰かに見つかったらどうするんだと。
そして僕はうがいを済ますと、再び教室に向かって歩き出した。
今見た光景が、夢だったと確かめるために。
「……ふぅ」
教室の前に戻ってきた僕は安堵の溜息をついた。そこには2人の姿などなかったように、静寂さをたたえた無人の2-5の教室があったからだ。
「やっぱり夢だったんだな。あんな白昼夢を見るなんて最近疲れてるせいだったんだ」
苦笑いしながら僕は教室のドアを開け中に入った。
桐沢が言った通りに遥ちゃんはいなかったが、今はもうどうでもよかった。
先ほどみた光景が夢だと分かっただけで。
「さぁ、帰ろう」
僕は再び教室のドアを隙間なく閉めると、男子寮へと足取り軽く歩みを進めるのだった。
──22時16分 男子寮 近藤幸太
「うぅ…ん」
寮に帰って晩御飯を食べ、少し早い床についた僕は、なかなか寝付けずうなされていた。
それもそのはず、例えあれが夢だったとしても衝撃的な場面だったのだ。そのまま忘れろというのがおかしい。
「はぁはぁ……」
やはり眠ることが出来ずに起き上がると、寝汗でびっしょりとなったシャツをかえる。
「眠れないな。久しぶりに遥ちゃんに電話してみようかな」
最近夜に電話をしても繋がることがほとんどない遥へ電話してみようと思い立つ。
もし桐沢の言った通り教室に遥ちゃんが入れば、久しぶりに一緒に帰宅出来たはずだったのだ。それが出来なかったのだから電話くらい繋がってもいいではないか。
僕はそう、自分に勝手な理屈をつけて携帯を手に取った。
トゥルルルルル…
呼び出し音が1度、2度、3度と鳴る。最近の夜の電話と同じ、まるで遥ちゃんがとる気配など感じない。
やはり駄目なのか?と諦めかけたとき、突然、耳に聞きなれた明るい声が飛び込んできた。
「もしもし、幸太くん?」
「あっ…遥ちゃん!」
訳も分からず涙が溢れそうになり、僕は思わず大きく返した。
「きゃあ、ちょっと幸太くん声大きいよ!」
「わ、ごめん! 久しぶりに遥ちゃんの声が聞けたから」
「なにそれ~? 大げさなんだから」
2人して笑い合う。
ああ…良かった。いつもの遥ちゃんだ。いつも通りの会話だ。
僕は頬が緩むのを感じ、声を弾ませる。
「今、遥ちゃんは何してるの?」
「ん、え、えっ…と」
言葉が詰まったように、声が途切れた遥ちゃん。それに僕は慌てだす。
「あっ、いや、何か言いにくいことなら言わなくていいんだけど」
「う、ううん、ちょっと、い、いま、バドミントンの練習してて……」
遥ちゃんの答えに怪訝な表情を浮かべる僕。部屋の中でバドミントンの練習? 遥ちゃんの部屋はラケットを振るほどのスペースがあっただろうか?
黙り込んだ僕に、今度は遥ちゃんが焦ったような声で言葉を続ける。
「え、えっと。ラケットを振るとかじゃなくて、こ、腰の運動、ほらラケットを振る時に腰を回転させたりするでしょ。そ、それの練習!」
「あ、ああ、なるほど。そっか」
なるほど、それなら分かる。もしかしたらラケット代わりにタオルを部屋の中で振っているのかもしれない。
先ほどから遥ちゃんの言葉がやたらどもったり、パンパン!とひっきりなしに肉を叩くような音が聞こえてくるのも練習しているせいだろう。
「練習の邪魔になるようなら切ろうか? また今度、かけなおすし」
本当は今までの空白を埋めるように1秒でも長く遥ちゃんと電話をしたかったのだが、練習の邪魔をして嫌われたくないという気持ちがあった。
「だ、大丈夫。片手は空いてるし、で、電話するだけなら大丈夫だよ」
「そっか。良かった。久しぶりにもっと話したかったし」
パン!パッ!パン!パン!パァンっ!
よほど激しい練習をしているのか、先ほどから電話口の向こうから、パンパン!と肉を叩くような音がどんどん激しさを増して聞こえてくる。
「練習頑張ってるんだね? さっきからいい音が聞こえてくるし」
「えっ!? あっ、うん。バドミントンウェアに着替えて、頑張って、こ、腰、振ってるよ」
「ええっ!部屋の中にいるのにバドミントンウェアに着替えてるの?」
「う、う…ん、 んっ…んっ…ほ、ほら…練習するなら格好から…は、入らないとね…ぁっん!」
遥ちゃんの荒い吐息が受話器から聞こえ、何やら押し殺すような声まで聞こえ、
僕まで妙な気分になり、なんだか興奮してくる。
パッ!パッ!パッ!パァン!パッパッパッ!パッ!
激しく鳴り響くBGM。お互い言葉が途切れ、暫くその音を楽しむ。
だが、その妖しい雰囲気も唐突に終わる。
激しくなっていたパンパンという音が、一際大きなパァン!!という音と共に鳴り終わったからだ。
「……遥ちゃん?」
「あっ…えっ、えっと、ごめん。ちょっと急に中に出されちゃったからびっくりしちゃって……」
「……えっ」
「じゃ、じゃなくて、ちょっとカップラーメンにお湯を入れててびっくりしちゃったの」
「あっ、そ、そうなんだ」
「う、うん。アンスコにまでせーしかけるなんてひどいよね!」
「そ、そ、そうだね」
支離滅裂な遥ちゃんの言葉と、噛み合わない会話。
そこから先の会話は、ほとんど憶えていない。
ただ一方的に僕が話しかけ、遥ちゃんは受話器の向こうで喘いでいただけだったような気がする。
気付いた時には携帯が床に横たわり、僕自身もまた、ベットの上で気を失っていた。
深夜3時、僕は再び目を覚ました。
気分は最悪だ。
台所に、ヨロヨロとした足取りで辿りつき、水をがぶ飲みする。
栓をひねってそのまま頭から水をかぶる。
そして僕は大声で笑い出した。
まさにピエロだ。こんな状態になるまで、まったく気づかなかったんだから。
付き合うとか付き合わないとかのレベルじゃなかった。
もうすでに遥ちゃんと春山は心だけじゃなく身体までもひとつにしていたのだ。
先ほどの電話。きっと遥ちゃんは僕と話しながら春山とえっちしてたに違いない。
幸福そうに寄り添っていた2人。
教室で、愛しそうな眼差しで春山を見つめる遥ちゃん。
本当は気づいてた。
遥ちゃんが、あの男を好きだということに。
今まで輝いてた遥ちゃんとの想い出が灰色に変わり、ガラスのように次々と砕け散っていく。
僕は布団に辿りつき、ブルブルと震えながら布団を頭からかぶる。
悲しすぎてどうにもならない。
唇を噛みしめ、必死に目を瞑って眠ろうとする。
現実逃避したかったのかもしれない。
「もういい……、もうこんな現実、どうでもいい…」
……そうして幸太は、その日を境に行方不明となった。
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- 2012/09/13(木) 20:05:41|
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