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モブの植木鉢小説館

NTR小説置き場

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4─ 奴隷街 ─

「大丈夫か? ほら」
「はい。ありがとうございます」

錬が後ろを歩くティアに手を差しだすと、ティアは嬉しそうに手をとった。

今、錬とティアは、情報屋に言われたとおり、細く長い裏通りの道をまっすぐ西へと歩いている。
大通りと違い、ごちゃごちゃした瓦礫や障害物のある狭い裏通りの足場は悪く、薄暗いこともあって、どことなく2人の歩みを遅くさせていた。


それにしても、あれからティアの様子が変わった気がする。

錬は、握った手から伝わる、ティアの柔らかさと熱を感じながら思う。
情報を上手く引き出せたあと、ティアのこちらを見る目が変わったのだ。
それは、今までの頼られる信頼といった感じから懐かれるといった感じなのだが、とにかくこちらを信頼しきっているのか、時に必要以上のスキンシップに戸惑ってしまうことがある。
もちろん仲良くなるという点ではいいんだろうが、やはりティアは美少女、意識してしまう。


「錬さん、まだつかないんでしょうか?」

いつのまにか横に並び、錬の腕に自分の腕を絡ませたティアが、上目遣いで上機嫌に話しかけてくる。

「う、う~ん。もうちょっと先かもね。ここ広いから」
「もぅ、錬さんはハッキリしませんね。そんなことじゃ、女の子にモテませんよ」

そう言って腕に胸を押し付けるようにくっついてきたティアに、錬の心は揺さぶられまくる。

(か、かわいい……。
誤解していいのか、いいのか。誤解するぞ!?)

舞い上がってしまいそうな感情を押し殺し、
向こうの世界では、その平凡さゆえにまったくモテなかった錬は内心悶々とする。
これはフラグが立っているのか。
ティアの思った以上に大きな乳房の柔らかさを感じながら、これまでの人生を思い返す。

思えば自分は中流家庭の家に生まれ、それなりに恵まれながら育ってきた。
両親に子供1人の3人家族。
特に家族間の仲が冷めているといった感もなく、どちらかというと仲はいいほうだ。
普通に中学を卒業し、特に学業が優秀といったこともなく身の丈にあった高校に進む。
恋愛を除けば可もなく不可もなくといった人生……。
そう、恋愛である。
錬は恋愛に対しては、かなり失敗を繰り返してきたのだ。
元々、錬は女子から優しくされると勘違いをし、舞い上がってしまうことが多々あった。
そしてそのままの勢いに告白し、ふられるということを何度となく経験し、そのたびに枕を涙で濡らしてきたのだ。




緩みそうになる頬をなんとか抑えキリッとする。
ここで調子に乗ってデレッとしては、せっかく上がった評価が下がり、ティアに軽い男だと思われてしまいそう。以前のような失敗を繰り返せないのだ。

「それにしても、魔物に会わないな」

自分は軽い男ではないぞ、と印象付けるように、甘い空気を振り払い胸を張る。
好感度をさらに上げようと必死である。

「ええ、会いませんね。きっと錬さんに恐れをなして出て来ないんじゃないですか」

再びデレーっとしてしまいそうになる錬。
道に落ちている小石を蹴飛ばしても気づかないほどだ。
実はティアの中では錬の評価が急上昇しており、錬がその場で交際を申し込めば
「うん」と言ってしまうレベルなのだが、悲しいかな、今までモテるどころか女の子との交際経験のない錬にはそれが分からない。
傍から見ていればティアが錬に好意を持ってることはまるわかりなのだが。

(ああ、こんな可愛い娘と付き合えたらなぁ……)

告白しようかと悩む。
だけど、自分の勘違いだったら怖い。
そう、もし告白を失敗したらこれからの探索は気まずくなってしまうだろう。最悪、奴隷街に行ったら「さようなら」ということもありえる。

どこかしら潤んだ瞳で錬を見上げるティアの視線を感じながら、今一歩踏み出せない。そんなジレンマを抱えていた。





「あっ、出口」


裏道を通り抜けると、そこは城門前の広場だった。
ベガンの情報どおり、西の城門らしい。

「城門が開いてますね」

そう、そこの城門は開いており門の両側には帝国の兵士がそれぞれ1人ずつ立っている。そしてその城門を何人かの奴隷が自由に潜りぬけているのだ。
錬たちが放りこまれた正門と明らかに違う雰囲気。
門を潜りぬけている奴隷たちは、みな生気に満ち溢れ、何人かの顔には笑顔もみられる。中には魔物の毛皮らしきものを肩にかけ談笑しながら入っていく者もおり、それはまるで熟練の冒険者のようだ。


(あの門を通り抜けたら、この城を出られるのかな)

一瞬、脳裏にそんな考えが浮かんだが、そんなに甘くないだろうと頭を振ってその考えを打ち消す。
第一、ベガンは城門を抜けた先には奴隷街があると言っていた。目の前の奴隷たちの様子といい、この先は奴隷街に間違いあるまい。休める場所、帰れる場所があるからあんな表情を浮かべているのだ。

「俺たちも行こうか」

少し緊張気味のティアに努めて明るい声をかけ、錬たちは西の城門、奴隷街へと歩みを進めた。





「へい、いらっしゃい!」
「まいどあり!」
「ウチの肉は安いよ! 見てってくれ!」

西門を潜り、まず目に飛び込んで来たのは、道の両側に建ち並ぶ露天商の多さだ。
ほとんどの店は屋根を持たない地面に布を敷いただけというフリーマーケットみたいな作りだが、中には普通の店と変わらないようなしっかりした露店作りのものもあり、錬を驚かせた。
活気のある露天の呼び込みと、往来を行き来する人の多さと賑わい。
ざっと見た感じ100人以上、西門付近にいるだろう。
予想以上の人の多さと活気に、錬とティアは思わず立ちつくす。

「すごいですね」

同じように左右の露天や、すれ違う人たちを見渡していたティアが感嘆の声で小さく呟いた。

「そうだな。少し見てまわろうか」
「はい」

人ごみに紛れて露天を巡っていく。
露店で売っているのはほとんどが肉料理など食べ物中心だが、中には鍋や使い古しの靴など雑貨用品もあった。

「そういや金がないんだよなぁ」

目の前の屋台で売られている串に刺した肉を見つめながら、無一文なのを思い出して頭をかく。
食べ物や水が欲しくても、先立つものがない。
金が欲しければ自分の手持ちの物を売るか、今から城下街へ探索に出て金目のものを持ってくるしかない。
いい匂いが腹を刺激しぐぅーと音を立てる。
支給された食料は1食分くらいならあるが、目の前でジュウジュウと美味しそうな音を立てる串に刺した肉料理にはとても敵いそうにない。
ティアも知らず知らずのうちなのか、串焼き肉から視線を逸らさずに錬の袖をグイグイ引っ張って催促してくるのも、目の前の肉料理へと傾けさせていた。

(仕方がない、武器は置いといて制服の上着でも売るしかないか。この世界では珍しいだろう)

錬は手の甲で額の汗を拭うと、制服の上着を脱ぐ。
すでに日は西へと傾き始めているのだが、未だに過ごしやすいとは言いづらい。
上着を売ったところで、特別寒いと感じることはないだろう。

(問題はこれがいくらで売れるか……)

脱いだ制服を一度バサッと払い、目線まで持ち上げると、汚れや傷がないか調べ特に何もないことに安堵する。
大事に使ってきたつもりだが、知らないうちに穴や大きな汚れが出来ていることもありえた。
そうなれば本来の価値より値が下がっていただろう。

「おっちゃん、この服を買ってくれないか?」

串焼き肉を焼くのに忙しい、店主らしきおやじに声をかける。

「ああ!?」

声が小さかったのか、いかつい顔をしたおやじが怪訝そうにこちらを見た。

「聞こえなかったか、この服を買ってくれないか?」

今度は少し大きめの声で言うと、大げさにおやじはため息をついた。

「坊主、聞こえてるよ。だが見てわかんねぇかな、ここは肉を売ってる店だ。服の買い取りはしてねぇんだよ」

内心ちょっとムっとした錬だったが、ここは我慢と、ティアを促しその場を離れ衣類を売ってる店に向かった。






「すいません。この服を買ってくれませんか?」

今度は、服を中心に品物を並べていた露天に行くと、
丁寧に店主らしきおばさんに声をかけた。
露天では30半ばのおばさんが服を畳んでおり、錬が声をかけると笑顔で制服を受け取って目を通し始める。

「うーん。この服珍しいわね。作りもしっかりしているし、こんな生地見たことないわ」

驚きの表情を浮かべ、服を何度も表裏に捲り手触りを確かめ、真剣に品定めを始める女店主。
よほど珍しいのか、それこそ縫い目までしっかりとだ。
錬はそりゃそうだろうと、内心思いながら評価が下るのを待つ。

「ねぇ、これはどこで手に入れたのかしら?」
「ええと、それは父に買ってもらったものですから、ちょっとどこで売ってたのか分からないんです」

本当のことを言えないため、笑顔を張り付け誤魔化すように言うと、女店主が残念そうに「そう」と肩を落とした。

「それで、いくらで買い取ってくれますか?」
「あっ、ごめんなさいね。銀貨5枚でどうかしら?」

気を取り直した女店主が商売人の顔になり、値段を提示する。

「ティア、どうだ。妥当な値段だと思うか?」

それが高いのか安いのか分からない錬は、ヒソヒソ話をするようにティアの耳元に口を寄せる。

「ええと、少し安い気がします。生地はしっかりしてますし、何よりもあんな服見たことありませんし」

なるほどと頷き、錬は値段の交渉に入る。

「もうちょっと値段を高く出来ませんか? 銀貨8枚でどうです」

自分でもボリすぎではないかと思ったのだが、女店主は意に介さないように首を傾げ考え込む。
これを手に入れる損得勘定を計算しているのだろう。多分だが。

「分かったわ。銀貨8枚で買い取るわ」

意外にあっさりと女店主との交渉は纏まった。
やはり見たこともない服を手に入れるという欲求が大きかったようだ。

錬はお金を受け取ると、この世界の硬貨の感触を確かめ、ぐっと握りしめるのだった。


「錬さん、高く売れましたね」

白いTシャツと制服のズボンというラフな格好になった錬に、ティアが串焼き肉を食べながら笑顔を見せた。

串焼き肉2本に銅貨4枚。
銀貨を1枚渡しておつりが銅貨26枚。
錬は通貨の価値が分からないため、ティアに銀貨1枚を渡して串焼き肉を買うように言ったのだが、
お釣りが来てなんとなく銅貨と銀貨の価値をしった。
銀貨1枚で銅貨30枚。銀貨何枚で金貨1枚かは解らないが、金貨10万枚を集めるのがどれだけ大変かは想像に難くない。

(まいったな。こりゃあ、ちまちま稼いでたら死ぬまでここから出られないぞ)

焦る気持ちが少し沸き上がりながら、露天や屋台が建ち並ぶ往来を先へ先へと歩いていく。
奴隷街の奥はある程度を境に露天が一斉になくなり、かわりに石造りの武器屋や防具、酒場や道具屋の看板などが目につくようになる。
奴隷街というからにはスラムみたいなのをイメージしていたのだが、表通りを見た感じでは全然そんなことはなくて予想外だった。

「こうして見ると普通の街にしか見えませんね」

通り過ぎる道具屋や武器屋などを横目に見ながらティアが感想を漏らし、
「確かに」と内心で錬は同意する。
石畳が敷かれた道に、人が途切れることのない往来。
ここにいる住人が奴隷ということを除けば、恐らくティアの言う普通の街なのだろう。


そうして暫く歩き続け、恐らく街の中央付近に来たと思う頃、錬は一軒の少し古ぼけた宿屋の前で止まる。

「明日早起きするとして、今日はそろそろ休まないか?」

二日続けて歩き続けたせいで、棒のようになった足を休めたい。
本当は武器屋や道具屋など色々な店を見て回りたいのだが、すでに日は暮れ始めているし、宿屋が満員で泊れなかったという間抜けなことは避けたかった。
もう野宿は出来るだけしたくないというのも本音だが。

「はい、錬さんがそう言うなら私も休みたいです」

対して、ティアも疲労をあまり隠そうとせず素直に頷く。
安全なところに来たので、気が緩んで疲れが一気に押し寄せてきてるのかもしれない。
なんといっても錬より一つ下の16歳の女の子なのだ。体力もあまりないだろうし、無理はさせられない。

顔を赤く染める夕日を眩しそうに目に入れながら、

「じゃあ、ここに泊ろうか」

と、なぜかドキドキする鼓動を感じて、錬とティアは宿屋に入るのだった。







──チリーン

「いらっしゃい」

ドアを開けると入り口近くのカウンターの鈴が鳴り、暇そうにしていた20代半ばと思しきお姉さんが顔をあげた。
そして錬とティアを一瞥するなり口を開く。

「泊りなら1人、銅貨15枚、休憩なら1時間で5枚よ」

「休憩?」

不思議そうに首を傾げたティアに対して一瞬で休憩の意味を悟った錬は、これはまずいとカウンターから離れたテーブルに
ティアを無理やり座らせ、一人宿屋のお姉さんの元に戻る。



「ちょっと、お姉さん、変なこと言わないでください。ティアは見ての通り、純真な子なんですから」

「へーあの娘、ティアちゃんって言うんだ。可愛いわね。君とどんな関係?」

何を言ってるんだ、このお姉さんは!とばかりに錬が顔を寄せて囁くように抗議すると、お姉さんは面白そうにニヤニヤし始めた。
どうやら絶好の暇つぶしを見つけたらしい。

「いや、俺たちの関係なんてどうでもいいですから。とにかく俺とティアで2部屋取りたいんですがいいですか?」
「せっかちね。もっとお姉さんとお話しましょうよ」

ねっ、とばかりに錬の話を聞き流し、身を乗り出してくるお姉さん。そんなに自分とティアの関係が気になるのだろうか。

「そんなに俺とティアの関係が気になりますか?」
「そりゃあね。あんな可愛い娘、滅多に見たことないし、そんな娘を連れてきた若い男の子との関係、気にならないわけないでしょ」
「暇なんですね……」
「ええ、暇よ。だから教えなさい」

呆れながら言ったつもりだが、このお姉さんには全然堪えてないらしかった。むしろますます喰いついくる。

「分かりました。その代わり、飯を奢ってくださいよ」
「ちゃっかりしてるわね。まぁいいわよ」

そうして錬は仕方なしに、これまでの経緯を話始めるのだった。








「あなた達、魔物に一匹しか会わなくてここまで来たの? それは運がいいわね。
いや、スケルトンに会ったのだから運が悪いのか……」

宿屋1階のテーブルで食事を摂る錬たちの横で、お姉さん店長こと、青髪ロングのマリーが楽しそうに頬杖をついて話を聞いていた。

「ええ、まぁ、スケルトンに会った時はやばいって分かりましたから」

キャベツのような歯ごたえの野菜を口元にせっせと運びながら、身ぶり手ぶりでその時の様子を語る錬。
ティアはお腹がよほど空いていたのか、話に加わらず、一心不乱にモグモグご飯を食べながら聞き耳を立てていた。

マリーは約束通り、厨房から野菜炒めがメインの食事を用意してくれた。
見た目はともかく、味はよく、奴隷になってから初めてまともな晩御飯にありつけて少し涙が出そうだ。

「どう、美味しい?」
「はい、とっても」

にこにこしながらティアに料理の味を尋ねるマリーは、なんだかとても嬉しそうだ。
まるで歳の離れた妹を見てるよう。

(もうちょっと容姿が似てれば姉妹に見えないこともないかな)

このマリーは背の半ばまで伸ばした青髪のロングでおせっかい焼きのお姉さんといった感じ。
体型は意外にグラマーで、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる、いわゆるセクシー系。
年齢は24、5くらいだと思うが、実年齢を聞くなんて恐ろしいことはしたくないので分からなかった。

「……なんか今、失礼な事を考えてなかった?」
「いえ、何も」

錬の邪な考えに気付いたのか、マリーがジト目で錬を見つめた。この女、勘が鋭い。

「まぁいいわ。それであなた達、これからどうするつもり?」
「と、言うと?」

どうするも何も、探索して10万金貨集めるしかないだろうと思っていた錬が、マリーの意味深な言葉に反応する。

「そのまんまの意味よ。あなた達、探索でお金を稼いでいくのか、それともこの奴隷街で仕事をしてお金を稼いでいくのかどっちってこと。せっかく拾った命、ちゃんと考えた方がいいわよ」
「それは……」

探索をしてお金を稼ぐことしか頭になかった錬は、新たにこの街で働くという選択肢に言葉が詰まった。

この街で仕事。
言われて初めて気づいたが、この街で働くということは、探索するより危険も少なく魅力的だ。
魔物と戦って命の危険を晒すわけでもなく、例えば荷物運びの仕事や店の店員をすれば安全にお金を稼げる。

だけど、そんなことをしていて本当に奴隷から解放されるまでお金を稼ぐことは可能なのか?という疑問が頭に浮かぶ。
街での仕事で貰えるお金なんてたかがしれている。日々の生活をしていくだけで精いっぱいじゃないのか。
金貨10万枚。こんなとてつもないお金を貯めれるなんてとても思えない。

「街の仕事で金貨10万枚、貯めるのって無理ですよね?」

期待を込めて念のためにと口を開くが、マリーは案の定、首を縦に振った。

「そうね。街での仕事で金貨10万枚貯めるのは無理でしょうね」

マリーは期待を持たせないようにはっきりと結論を述べる。
本当は裏の汚い仕事などに手を染めれば、可能性は僅かにながらあるのだが、年若い2人の少年少女にそんな道を歩んで欲しくなかった。

「そうですか……」

食事を終え、ナイフとフォークを皿の上に置いた錬は静かに目を閉じる。
この街で仕事をするということは奴隷から解放されることを諦めるということ。自由を捨て、ここで一生を過ごすということなのだ。

(俺は、俺は、どうしたい……)

現実というものを思い知らされ、錬は妙に苦しくなった胸を押えそうになる。
改めて突き付けられた現実。
もう2度と会えないかもしれない両親の顔が不意に浮かんで、涙が出そうになった。

「錬さん……」

向かいの席に座っているティアが、いつのまにか悲しそうな顔で自分を見つめているのに気づいて顔をゆがめる。

「ああ、いや何でもない。ちょっとティアと一緒に1日考えてみます」

今は自分の顔を見られたくなくて錬は席を立つ。
マリーから部屋の鍵を受け取ると、そのまま足早にその場から離れる。

「錬さん!」

階段をあがる錬に、ティアの呼びとめる声が聞こえたが、それを振り切って部屋に入りドアを閉めた。


(バカだな。俺は……)

食堂での悲しそうなティアの顔を思い出し、錬は自己嫌悪に陥った。
別に街で仕事をすることしか選択肢がなかったわけでもなかったのに、命惜しさに街で仕事をすることを考えかけた自分が嫌になる。
まだ2日、探索を始めてまだ2日なのだ。
こんなに簡単に諦めそうになるなんて、相当弱気になっている。
少し零れおちた涙を拭い、気合いを入れるようにパン!と自分の頬を両手で叩くと、大きく深呼吸をする。

そうして荒ぶった感情を落ち着かせていると、不意に控えめなノックが響いて、錬はそちらを見た。もしかしたらティアが自分を心配して様子を見に来てくれたのかもしれない。

「ちょっと、待ってくれ」

部屋の壁に掛けられた鏡で自分の顔を確かめるとドアを開ける。
そこにはやはりというか、心配そうな顔をしたティアがドアの前で胸に手を当て立っていた。

「あのー、えっと……」

なんて言ったらいいのか、ティアが言葉を選ぶように言い淀んでいるのを見てると、先ほどの鬱屈した気持ちが晴れ、なんだかおかしくなってくる。

「どうしたティア。なんだか元気ないな」
「えっ」

ティアが目を丸くして驚く。
励ましに来たつもりが逆に励まされて驚いている。

「とりあえず、ここではなんだから中に入ってくれ」

そう言って錬は部屋のドアを大きく開け、彼女を中へと招き入れた。




「すまん、心配かけたな」
「いえ、錬さんが元気になって良かったです」

5分後。
錬は心の中の葛藤を正直に話し、心配をかけたことを謝った。
そして、今はもう迷いなく奴隷から解放される探索者としての道を進むということも伝えた。

「そうですか。これからも探索者となってお金を稼ぐんですね」
「ああ、俺はやっぱり奴隷から解放されたいんだ」

錬はスッキリしたように力強く頷く。もう迷いはない。たとえ死ぬことになっても後悔はしないだろう。

「ティアはどうする? 探索での金稼ぎは危険だ。この街で仕事をしていくという選択もあるんだぞ」

ベッドに腰かけたティアを見据え、錬は立ったまま真剣に問いかける。
本音では、これからも一緒にいてほしかったが、探索は命がけだ。自分の我儘に付き合わせる訳にはいかない。
場合によってはここで別れることになるだろう。

「わたしは……」

ティアは、フッと顔を伏せ、ベッドのシーツをギュッと握りしめるように掴む。
そして覚悟を決めたように顔を上げた。

「私も錬さんと一緒に探索者になります。一緒に連れて行ってください!」
「いいのか。死ぬかもしれないぞ?」
「はい。錬さんと一緒に死ねるなんて本望です」

ティアが顔を赤くしながらニッコリ笑う。聞きようによっては大胆な告白に、たまらなく愛しい気持ちが湧き上がってくる。

「ティア……」
「錬さん……」

いい雰囲気となり、見つめ合う2人。
引き寄せられるように錬がティアの両肩に手をそっと置くと、ティアが目を閉じ顎を少し上げた。

そして……。


ガチャ!

「2人とも、お湯を持って来たわよ。これで身体を拭いて……」

突如、部屋に現れた乱入者。

予期せぬ来訪者に錬とティアはそのままの姿勢で固まってしまう。
そしてその乱入者マリーはというと、錬たちを見てすぐにニンマリし、
何事もなかったように後ずさって部屋から出て行こうとしている。

「お邪魔したわね。ごゆっくり……」
「ちょっと待ってください! 誤解ですって!」

どこのお約束のパターンだ!と内心で叫びながら
慌てて閉まろうとするドアを止めて、マリーに言い訳を始めるのだった。



「もう、なんで急に入って来てるんですか。ノックくらいしてくださいよ」
「ごめんごめん。まさかあんなことをしてるとは思わなくて」

ティアが恥ずかしそうに顔を赤らめて俯き、錬はうっと言葉に詰まる。
あれからマリーを部屋に引きずり込んだ錬は、自分とティアは別に恋人同士ではないと散々説明したのだが、

「ふふ、2人がそんな関係ならお姉さんは応援するわよ」「ちゃんと避妊はしなさいね」
と、言うばかりで話をまるっきり聞いていない。

正直、これからこれをネタにからかわれ続けるのだろうな、と思うと、頭が痛い。

「それで、お湯以外に何か用があるんですか?」

少し棘の入った声で錬が尋ねると、
腰に手を当て笑っていたマリーが「そうそう」と呟きながら、鍵をもう一つポケットから取り出すと錬にひょいと投げ渡した。

「はい、これ。もうひと部屋分ね」
「あっ、忘れてた。ありがとうございます」

受け取った鈍い色を放つ鍵を見つめて、自分が宿を2部屋分とったのを思い出す。

「あと、朝食は出るから朝起きたら1階の食堂にいらっしゃい」
「朝食だけですか?」

錬がそう言うと、マリーは首を横に振った。

「いえ、朝食と夕食は出るわ。あなた達がこの宿にずっと泊ってくれる限りはね」

マリーは、ウィンクするとそのまま「さぁ仕事仕事」と部屋から出ていった。


──バタン。

ドアの閉まる音が聞こえ、ようやく錬は「ふぅ」と溜息をついた。
マリーという嵐が去り、残されたのは錬と未だに頬を赤らめ俯くティア。
いいところで邪魔をされて正直気まずい。

「ああ、えっと。とりあえず鍵渡しとくね」

ぎこちない動きで手を伸ばし、ティアに鍵をそっと渡す。

「えっとこれは……」

ティアが戸惑った風に顔を上げ、答えを求めるように、じっと錬の顔を見つめた。

「ああ、いや、これはもうひと部屋分の鍵で、やっぱりその~」
「……………」

なぜかしどろもどろになりながら説明する錬。
別にこんな態度をとる必要などないのだが、ティアの視線に冷たいものを感じるせいでどうしても言い訳がましくなる。
まるで浮気がバレた亭主のようだ。

「……そうですか。まさか錬さんと部屋が別々だと思いませんでした。錬さんは私の事が嫌いなんですね」
「え、えっと、ティアさん?」

ようやく口を開いたティアの声は少し震えている。
ティアとしては錬と一緒の部屋でお泊まりと、ウキウキしていたところにまさかのカウンターパンチを食らったのだ。その怒りは大きい。
と、同時に錬のヘタレっぷりにガッカリする。
これだけ好き好きと合図を送ってるというのに、先ほどのいい感じはなんだったんだと思う。
同じ部屋にすることはもちろん、自分を押し倒すくらいの強引さが欲しい。

恨めしげな目でむくれてみせるティア。
これで少しは気付いて欲しいのだけれど。

(お、怒ってらっしゃる!?)

頬を膨らませ、むくれたティアに錬は動揺する。
いったいどこがまずかったのか。
まさかと思うが、この世界では男女同じ部屋で寝るのが普通なのか?
ティアがネクタイのように垂れ下がった胸の青いリボンを弄りながら無言でいるので、何かしら話題を変えようと焦る。

「いや、ティアのことは嫌いじゃなくて全然、好きだけど!
そ、そうだ、明日一緒に街を見て回らないか。何かティアの好きな物、買っていいし」

今まで一緒にいたというのに我ながら苦しい話の逸らし方だと思う。
だが焦っている錬にはこれ以上の事は思いつかない。しょせんは女の子と会話経験が少ない童貞なのだ。
気の利いたことが思いつかないのは仕方ないだろう。

「………」

一瞬の沈黙。
錬は、審判が下るのを息を殺して待つ。

「……いいですよ」

暫しの沈黙後、ポツリと漏らすようにティアが可愛らしい小さな唇を開いて頷いた。
心なしか先ほどより機嫌もよくなったように見える。なんだかよく分からないが錬の苦しいご機嫌とりは成功したようだ。

(ふぅ、助かった。明日、出費を覚悟しないといけないな)

なんとかこの場を切り抜けホっとする錬。

それに対し、ティアはまた別の事を考えていた。

(これってデートに誘われたんだよね。それに私のこと好きって……)
焦って好きって言ってたことから社交辞令的な意味合いで言った可能性があるが、それでも好きだと言われたことには変わりないし、すごく嬉しい。
そしてさらにティアの気を良くしたのは、探索を始めていつも一緒にいるのにわざわざ街に誘ったってことだ。
これはもしかしなくてもデートの誘いに違いない。

ティアは自分の顔の温度が上昇するのを感じ、錬の顔をまともに見れず俯いた。そこで初めて自分の服の汚れに気付き唖然とする。
(きゃあ、なにこれ!?)
ティアが驚くのも無理はない。奴隷生活を続けてきたから仕方がないことだが、服やスカートはところどころ泥や埃にまみれて黒くなっている。こんな格好じゃせっかくの初デートが台無しになってしまう。

(早く洗濯しないと!それに身体も綺麗にしなくっちゃ!)

窓の外を赤く染めた空が目に入り、ティアは慌てて腰かけていたベッドから立ちあがった。

「れ、錬さん。私、ちょっとやることが出来たのでこれで失礼しますね。おやすみなさい!」
「えっ!?お、おやすみ」

挨拶もそこそこに慌ただしく錬の部屋を出て行くティア。

ころころ変わるティアの態度に、錬は頭に?マークを浮かべ、その姿をただ茫然と見送るだけだった。









                                 << >>
  1. 2016/06/11(土) 00:59:07|
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