「こっち……」
「ありがとう」
遠山が道場の入口付近にある更衣室と書かれたプレートが掲げられてる部屋の前で立ち止まり、引き戸をガタガタと開けようとした。
緊張の一瞬。鼓動が少し早くなる。
明るくてどこにでも飛び込んでいくタイプの風香だが、憧れの人が在籍する剣道部はさすがに緊張する。
よし!と気合を入れて部屋の中に踏み込んだ風香だったが、あり得ないような光景が目の前に広がっていて言葉を失った。
なぜなら更衣室では当たり前のように男子と女子がおり、そこで着替えをしていたからだ。
女子は隣のロッカーで着替える男子と談笑しながら着替えており、男子の前に日焼けしていない白い乳房を堂々と晒しながら道着の袖に腕を通している。
また異様なのは男子がそれを日常の一コマとして受け入れていることだ。
女子の着替えにたまに視線がいってるが、特にそれがどうという感情が芽生えている様子がない。女子も見られていることがわかっていながら隠す素振りも見せず気にした様子もなかった。
「どうしたの……?」
「う、ううん。なんでもない」
風香が大きな悲鳴を上げなかったのは奇跡だろう。
いや衝撃が強すぎて、思考をどっかに吹っ飛ばしたせいなのだが。
頭が惚けたまま言われるがままに、風香は使われてないロッカーの前に立つ。
だが着替えることが当然できない。荷物をロッカーに入れたものの制服のブラウスのボタンを外す気が起きないのだ。他の部員が話しかけてこないまでも、見慣れぬ風香を興味深げに見てきて視線が気になってしまう。
せめて女子だけなら耐えれたが、そこに男子の視線も入ってくるなら話は別だ。
風香は自分を案内してきた遠山というツインテールの子を呼び寄せると、彼女だけに聞こえるようにそっと話しかけた。
「ここって男子も一緒に着替えるのが普通なの?」
「うん……」
なんのためらいもなく肯定する遠山。
風香は軽く動揺しながら、さらに尋ねる。
「も、もんだいないわけ?」
「問題って?」
遠山は不思議そうに首を傾げた。
「だから……」
「おい、おまえら着替えたならさっさと道場に出ろ!」
「はい!」
竹刀を持った先輩らしき男子部員が部室に入ってきて、みんなを追い出していく。
「おい、おまえらも……」
そう言いかけて先輩男子が風香に視線を止めた。
「新入部員か?」
「はい……」
と、代わりに遠山が答える。
「早く着替えろ。みんな待ってるからな」
コクリと頷き、先輩らしき男子は部室のドアを開けて出て行く。
風香は部員がみんながいなくなったので、慌てて服を脱ぐが途中で遠山から待ったが、かかった。
「ブラしないで。ノーブラが決まりだから……」
そんな馬鹿なと思いながら遠山を見ると、遠山が少し胸元を開いてそれを証明する。
風香はそれに軽く動揺しながらも、さっき女子部員がブラを外して道着に着替えていたのを思い出す。
少なくとも自分たちの学校では違うが、ここでは当たり前のようだ。
(どうなってるのよ、ここっ!)
風香は自分がおかしくなったのか錯覚するほどの眩暈に襲われる。
男子と女子が着替えるだけでもおかしいのにノーブラまで強いられる。もしこれが他の学校ならすぐさま問題になりPTAが大騒ぎしていたに違いない。だけど、彼らは当たり前のようにそれを受け入れ着替えをしている。いくら田舎だと言っても自分的には許されないし耐えれないことだ。
(いくらなんでもおかしくない?)
風香の心に迷いが生まれる。
ここの部活はちょっとおかしい。今日は見学だけでいいんじゃないのか。
風香は着替えをしようとする手を止めようとブラウスを脱ぐのをやめる。
だがその迷いを断ち切るように再び先輩の声が響き渡った。
「早くしろ、みんな待ってる!」
風香はその声に大きく深呼吸をすると、すぐさまブラを外して道着に着替はじめる。初日から遅れていくと印象が悪い。流されるというわけではないが、郷に入っては郷に従えという諺もある。これがこの部のルールならそれに従うしかない。何よりも他の女子もそうなのだ。それが決まりならしょうがないだろう。そう、自分はあの渚部長に憧れてここまできたのだ。それを忘れてはいけない。
あまりにも現実感がなくて頭がふらふらするが、着替えについて考えるのは後でいいかと、自分でも大胆だと思うほどのことをやってのけて慌てて部室の外に出ると、
40畳ほどの道場に整列している部員たちの元に駆け寄った。
「みんな揃ったな。若宮、前に来い」
「はい!」
道着に着替えた部員たちの視線を浴びる中、風香は連絡が来ているのか特に驚かれることもなく部長の横に立つ。
「みんな、今日から部員になった2年の若宮風香だ。わからないことがあったら手助けしてやれ」
はい!と皆が返事をする。
「ではいつも通り素振り100本。若宮、いや風香は列の一番後ろに並べ」
「はいっ!」
憧れの部長に呼び捨てにされ、風香は嬉しさを感じながらも慌てて3列の真ん中の最後尾に立ち竹刀を構える。
そしてどきどきしながら合図を待っていると、なぜか風香を除く部員全員が袴をはだけさせ上半身裸になった。
(はっ?)
目が点になった風香。
そりゃあそうだろう。ただの素振りのはずが上半身をはだけさせるなんて意味が分からない。
ラジオ体操のように向かい合って立っている部長の名切渚などは全員におっぱいが丸見えだ。
女子部員だけならまだしも男子部員のいる前で堂々とおっぱいを晒して竹刀を構えるなど普通ではない。
(ど、どうなってるの?)
見れば女子部員も含む全員がすでに上半身裸のまま前を向き竹刀を構えている。
脱いでないのは風香だけ。
男女が一緒に着替えをしていておっぱいを出していたのは慣れていた為だったのかと、頭が真っ白になりそうになりながら、風香は理解する。だが、それを渚に見咎められ厳しい目を向けられた。
「風香、早く上を脱いで竹刀を構えろ!」
「は、はい!」
もう訳が分からなくなった風香は、半ば思考を麻痺させながら剣道着の袴を脱いで竹刀を構える。
完全に勢いだ。憧れの渚も上半身裸だし、他の女子も同様だ。
全員前を向いてるので、これに慣れているのだろう。
ここでまごついてはかえって自分に注目を集めることになる。そしたらみんなの見ている前でおっぱいを出さなきゃいけなくなる。それは絶対嫌だ。
「一! 二! 三!」
全員が掛け声と共に竹刀をふりはじめる。
竹刀を一振りするごとにぶるんぶるん!と風香の乳房が弾け、視線が思わず下を向いて隠してしまいそうになる。
だがそうやって下を向いてる女子は誰もいない。みんな真剣に前を向いて竹刀を振っている。
(うっ、どうしてこんなことに)
まるで自分が別の惑星に来たような気分になる風香。
みんな前を向いて一心不乱に竹刀を振ってるとはいえ、やはり周囲の視線が気になる。
特に道場の雨戸が大きく開けっぱなしになっており、日本庭園の中庭から素振りしている姿が丸見えだ。
もちろん、剣道場は校舎から離れた場所にあるので部員以外誰もいないのだが、やはり外に誰かいないか気になってしまう。
チラチラ外を見てしまう風香。
そのせいで隣で竹刀を振っていた男子に気づかれ、チラリと見られた。
(見られた!)
隣の男子の視線の先が明らかに風香の乳房なのに気づき、風香は羞恥心で真っ赤になる。
だが、隠すわけには行かない。風香は気づかないふりをして前を向き、顔を真っ赤に竹刀を振る。
(集中、集中……)
こういうのは気にするから余計気になるのだ。ただ、前を向いて一心不乱に竹刀を振ってればいい。
その点、部長の渚はすごい。おっぱいを男子部員全員の前に晒してるのにかかわらず、ただひたすらに竹刀の先を見つめ空気を切り裂くように振っている。
まるで剣士のお手本だ。
そこで風香は、はっ!と気づく。
煩悩を断ち切るような竹刀の振り。これこそが全国大会団体戦常連の剣道部の強さの秘密ではないのか。ただ竹刀の先に意識を集中し、雑念を振り払う。
こうして渚の竹刀の振りを見てると、いかに自分の集中力が欠けているかを思い知らされる。
風香は気合を入れなおすと、竹刀を持つ手に力をいれる。
だが、心を無心にしようとするのは簡単ではない。
中庭から一陣のそよ風が軽く風香の乳首を撫でるようにまとわりつき、乳頭が少し大きくなりはじめる。
自慢ではないが、風香はおっぱいの大きさと形に自信を持っており、自分でも乳首は色も形も女子の中ではトップクラスと思ってる。
風香は先ほどの男子が気になりチラリと見るが、男子は風香に興味がないように前を向いて竹刀を振っている。風香はホッとすると、自分も集中しようと竹刀を振りかぶり一際気合を入れて振り下ろす。だがそこでまたしても粘りつくような視線を感じ雑念が入った。
今度の視線は反対側から。風香より少し背が低い後輩らしき男が横目で風香の胸を見ている。
(あっ、ちょっと何見てるのよ!)
心の中で後輩らしき男子を罵倒しながら澄まし顔で風香は竹刀を振る。
だけど後輩の男子はチラチラ見ることをやめない。
意識した風香の桜色の乳頭は、見せつけるように先ほどよりムクムク起き上がり硬度を増していく。
かぁっ!と顔を赤らめながら風香は意識しないように両手に力を入れて振る。
手で隠したくなったが、みんなそんなことしてないので、我慢だ。どんな雑念にも負けないための練習なのに、これでは意味ないのではないのか。
思わず部長を呼ぼうかと迷っていると、男子の視線が遠慮ないものに変わっていく。
意識しだすと視線で愛撫されてるみたいで、風香の白い肌にも朱が灯り始める。
なおもムクムクと起き上がる乳頭。
(だめ、起たないで)
と、内心焦りながらなんとかしようとするが、竹刀をリズムよく振っている風香にはどうしようもできない。
一振りごとに乳房がぶるん!と弾け、後輩男子の視線が乳頭に突き刺さってるのを感じる。
(ああ、もうどうして!)
言葉にはしないが、風香の乳首はぴんぴんに固くなっているだろう。
口に含むには丁度いい大きさで、綺麗な桜色だ。
これが他の場所でなら男子は理性を無くしてむしゃぶりつくだろう。
胸の先っちょが、ジンジンするようなキューと摘ままれるような感じに襲われる。
見られているのは乳首どころか、それを取り囲む薄ピンクの乳輪や、普段隠されている雪のように白く柔らかで弾力のある乳房。
いつのまにか反対側の男子も風香の乳首を視姦しているが、風香はそっちに意識が向いて気づかない。
風香は形のいい桜色の乳首を見事にシコり起たせながら、気づかないふりをして竹刀を振り続けるしかなかった。
(最低の気分!)
素振りの練習後、慌てて風香は道着を着た。
さっきまで見ていた後輩をキッと睨みつけると、後輩は何事もなかったように通り過ぎ内心でムっとする。
救いなのは見ていた後輩が童顔の可愛い男子だったことくらいか。
風香は身支度を整えると、部員の顔を視界に入れる。
それにしても、この学校にいる生徒はあり得ないほど顔が整ってる子ばかりで改めて驚く。
田舎のとんでもない風習にカルチャーショック受けてしまうが、これは剣道部だけなのだろうか。
溜息交じりの息を吐くと、渚から新たな指示が飛んで思わず背筋が伸びた。
「防具をつけたらペアを組んで一本勝負」
流れるように部員たちがペアを作っていく。
知り合いが遠山しかいない風香は、慌てて視線で遠山を探す。
だが、見つける前に自分の前に一人の男子が立った。
「先輩いいですか?」
目をクリクリっとさせた可愛い男子。自分を先輩と呼んだことから後輩なのだろう。
「なにかな?」
風香は落ち着いて訊く。
「ペアいいですか?」
一瞬迷ったが、風香はそのまま頷く。
「ありがとうございます。先輩ってあの全国大会に出た若宮風香さんですよね?」
「えっ、そうだけど」
風香は自分を知っていた男子に対して、少し驚いて視線を向ける。
実は風香は高校の剣道ファンなら有名な美少女剣士であり、剣道協会が発行するパンフレットの表紙も飾ったこともある。
もちろん容姿だけでなく実力も確かなもので、1年のときには既に全国大会出場も経験している。
そういう点で1年の後輩では2年の風香に密かに憧れているものがおり、普段真面目にやってる後輩たちが、憧れの風香の乳房を視姦していたというわけなのだ。
もちろん同級生や先輩に隠れファンがいるのも周知の事実だが。
「ぼく、風香さんのファンなんです。サインください!」
「いや、サインは無理だけど」
キラキラした眼差しに見つめられ、照れ笑いする風香。
同性の女子に言われたことはあるが、男子に求められたことは初めてだ。少しむず痒い。
「こら、和樹。サインなら後にしろ。練習中だぞ。防具はどうした」
「す、すいません」
後ろから渚が近づいてきて、和樹という後輩が慌てて頭を下げる。
和樹が慌てて防具を取りに言ってる間に渚は苦笑しながら風香に向きなおった。
「風香。実力を見せてもらうぞ」
「はいっ!」
憧れの渚に言われて気合を入れて返事する。
家から持ってきた防具をつけ、ペアを組んだ和樹という後輩を待っていると、ドタドタと慌てて和樹が走ってきた。
「すいません、お待たせして!」
「ううん、待ってないよ。それより危な……っ」
風香が指摘するよりも早く和樹はバタンッ!と盛大にコケる。
足元がふらついていたのもそうだが、ちょっと和樹という少年はおっちょこちょいのようだ。
鼻頭を抑えながら涙目で立ちあがる。
渚は軽く溜息をついて呆れていた。
「ご、ごめんなさい。ちょっと慌ててて……」
「もういいから、和樹はしっかり立って向こうで竹刀を構えてろ」
「はいー!」
言ってる傍から和樹は足元をふらつかせて、ペアがいない場所に走っていく。
「風香すまん。和樹をしっかり鍛えてやってくれ。実力的には物足りないが根性はあるはずだ」
「わかりました」
口元を綻ばせて風香は頷くと、静かに和樹のところに歩いて行った。
「お、お願いします!」
「お願いします」
完全防具を身を包んだ風香は、和樹と竹刀の先を合わせて向きなおっていた。
この練習は一本勝負。
先ほどからの立ち振る舞いから実力的にはまだまだという感じだが、渚が見ている以上、かっこ悪いところを見せられない。
なので最初から本気で行くことにした。
「面っ!!」
竹刀を軽く合わせていた先端で強く和樹の竹刀を弾き、一気に踏み込む。
バンッ!!
あっけなく一本決まる。
防ごうとするそぶりが見えない。いや、あったのだが、風香に竹刀を弾かれて身体のバランスを崩していた。
下半身が弱い。本来ならこれくらいで体幹を崩してはいけないのに、鍛え方が足りないので少し弾かれただけで身体の芯がふらつくのだ。もっとどっしりしてないといけない。
風香は目を細めると、この和樹という少年の実力を完全に見切る。
自分の敵ではない。
素人に毛が生えたというところか。
全ての面が風香の目から見て物足りない。
「次っ!」
離れた場所から見守っていた渚の鋭い声が飛び、風香と和樹は再び正位置で竹刀を構え向きなおる。
さて次はどうしようと風香が考えていたところで、今度は和樹の方から仕掛けてきた。
「め、面っ!」
予想外にも大振りで面を狙ってきた和樹。
てっきり小手か胴でも狙われるかと思っていた風香は少し驚く。
無謀というかなんというか、先ほどの勝負で実力差がわからなかったのだろうか。大振りにもほどがある。
風香は竹刀で受け止めることなく、素早く横に動いて軽やかに躱す。
そして竹刀を振り切ったところで、反撃で小手を狙った。
「小手ーっ!!」
バシッ!と乾いた音が鳴り響き、和樹は小手を叩かれ衝撃で竹刀を落とす。
「ううっ、すいません」
慌てて竹刀を拾おうとする和樹。だが、急にふらついて倒れてしまった。
「どうしたの!?」
風香は慌てて駆け寄って和樹の前でしゃがみこむ。
「ちょっと、さっきの面打ちでふらついて……」
「あっ、ごめん。確かに最初のは強めに打ったかも」
渚にいいところを見せようと、かなり強めに打った記憶がある。
「ちょっと休んだ方がいいよ。立てる?」
「は、はい」
風香は和樹に手を貸して立たせる。
「そこの壁際で休もう」
「はい、ごめんなさい」
風香は和樹と一緒に壁際に背を預けると、少し落ち着かせるように手で仰いであげる。
「やっぱり風香さん強いです。全然歯が立ちませんでした……」
「小学生の頃からやってるからね。和樹くんだっけ? 君は高校から剣道はじめたんだよね?」
「中3の時からです。でも全然強くなれなくて……」
「そっか」
てっきり始めたばかりだと思ってたのに、違ってたので少し気まずくなる。
正直、1年以上やっててこの腕前では剣道の才能はないだろう。もしかしたら経験のない浩太や達也より弱いかもしれない。
「僕に才能がないのはわかってます。でもちょっとでもいいので強くなりたいんです。剣道が好きだから」
「そうなんだ」
自分が好きな剣道を諦めることなく、続ける和樹に好印象を抱く。
渚の言った通り根性はありそうだ。同じ剣士としての高みを目指すものとして、風香は少し手助けをしたいと思った。
「和樹くんさえよければ強くなる手伝いしてあげるけど、どうかな?」
風香はさっきまで最低な気分でおっぱいを晒していたことを忘れて、そんなことを言ってしまっていた。
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- 2018/06/07(木) 00:38:04|
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