山田がリビングを抜けて入った部屋は、リビングより広い机のない会議室のような大きな部屋だった。
そしてそこには5人の男が剣を持って立ちはだかっている。
「てめぇ……」
山田が怒りを押し殺し、呟く。
そこにいたのは山田の恋敵、犬崎翔だったからだ。
彼は5人の集団の真ん中に位置取り、不敵に口元を歪ませている。
「やっぱりきたな。待ちかねたぞ。おまえをぶっ殺すためにここに来たようなものだからな」
翔が片手を上げ他の者に合図すると、他の男子が前に出て剣を構えた。
「おまえ、それ真剣だな。俺を殺すってわけか……?」
「その通りだ。俺は道にある小石もどかして歩くタイプだからな。おまえが俺に恨みを持っているのは知っている。
このままだと俺はおちおち学園生活を送ることもできないだろ? だからここで消えてもらおうと思ってな」
「とことん腐ってるな、おまえ。ヘドが出る」
山田も木刀を構えると、翔に訊ねた。
「天野はどこだ?」
「天野? ああ、真紀のことか。真紀なら隣の部屋で男優相手に腰を振ってるよ。会いにいきたきゃ俺を倒さなきゃだめだけどな」
そう言って、翔はポケットから鍵を出して山田に見せびらかせた。
「すぐにそれを奪ってやるよ」
「相変わらず口だけは達者だな。丸坊主」
改めて殺気を出して睨みあう2人。
そして一呼吸置いた次の瞬間、先制攻撃とばかりに山田が木刀を持って突進した。
「くたばりやがれっ!」
一目散に翔の頭を狙って木刀を振り下ろす。
だがそうはさぜじと、翔の横にいた部員らしき男が剣でその一撃を受け止めた。
「くそっ!」
舌打ちした山田は、すぐにこちらに斬りかかってきた男たちに対処するべく、一端後ろに下がる。
なにせここはなんの障害物もない広い部屋。
全方位から囲まれれば、あっけなく殺されてしまうだろう。
翔は腕を組んだまま、高みの見物を決め込んでいるが、残りの4人を同時に相手にするのはまずい。
山田は後ろを取られないように気を付けながら、牽制するように木刀をめちゃくちゃに振り回す。
いっけん素人に見える行動だが、予期せぬ動きは相手を鈍らせる。
木刀とはいえ、当たり所が悪ければ大ダメージを受けるのである。迂闊には近づけない。
それにこの部員達は山田を殺すまでやろうとは、心の底では思っていない。
確かに以前の一件で機材を傷つけられたのには怒りを覚えているが、犬崎の手先みたいな形で山田を襲うのは彼らも本意ではないのである。
つまり部員たちも、別に部の関係者でもない犬崎にいばられるのは面白くなかったのだ。
これは監督の頼みだから引き受けているだけである。
そうとは知らない翔は、いつも以上にいばりくさって「おまえら、止めは俺にさせろよ」などと偉そうに言っている。
それがさらに部員たちの剣先を鈍らせた。
正直、戦闘力があまりない山田が、まだ無傷なのはこれのせいである。
本来ならあっというまに死なないまでも傷だらけになっているはずなのである。
それは学園祭の一件でも明らかになっていることだろう。
山田はじわじわと追い詰められ、壁を背にする。
内心で焦るが、向こうからは仕掛けてこない。
ならばと、山田はいきなり大声をあげて一番右の男に襲い掛かる。
バキンッ!!
「なっ!?」
山田が力いっぱい振るった木刀の威力で、剣が手元からはじけ飛ぶ。
元々細見だった剣なので、叩きつけるという点では木刀のほうが上だ。
手から離れた剣は回転しながら床の端まで滑り、そこで鈍い音を立てて止まる。
そして武器を失った部員は、無防備なところを再び振り上げた木刀によって肩を打ち据えられ、苦痛のうめきをあげて後ろに飛び下がった。
「こいつ!」
今まで手を抜いていたというのに、思わぬ反撃を食らって部員達の目の色が変わる。
調子に乗りやがってといった態度で、すぐさま山田に向かって斬りかかっていく。
山田は全力で開いた右側から転がるように抜けて、これを避けるとすぐに立ち上がって木刀を構えた。
先程と違い、より殺気が籠った室内。
肩を押さえて部屋の隅に下がった男を除き、残り3人が山田を半円状に取り囲む。
そして彼らは目で合図すると、一斉に剣を振り上げ山田に襲い掛かる。
──バシュッ!!
鮮血が舞う。
山田が攻撃を躱しきれず、左腕から血を流したせいだ。
痛みを堪えて山田は木刀を横なぎに払って、部員達を遠ざける。
「くそったれ……」
山田は息を荒げながら肩を上下させる。
短い時間の戦闘だが、複数相手に立ちまわるのは精神力と集中力、そして体力を急激に奪う。
体力的にはまだ戦闘継続に問題ないが、痛みにより集中力が途切れがちになる。
ポタポタと絨毯に血が滴のように落ち、否応なく腕の傷を意識させる。
だが悠長にその傷を確かめる暇はない。
少しでも部員たちから目を離せば、自分は殺されるかもしれないのだ。
「はっはっはっ、相変わらずよえええな、丸坊主。ボロボロじゃねぇか。もう死ぬのか。死んじまうのか?」
高みの見物をしている翔が、大口を開けて笑いながら山田を指す。
山田はこんなクソったれな男に真紀を奪われたことに、改めて怒りを覚えながら、右手一本で再び木刀を構える。
怒りによって多少は痛みを忘れさせた。頭にあるのは、はやくこの男たちをボコボコにして、真紀を取り返すことだけである。
部員といえば、翔の言動で気分を害したようだ。
少し顔を顰めて、動きが止まる。
元から新人類はプライドが高い。山田の腕から血を流させたことにより怒りが薄れ始めている。
そしてこの膠着状態が、山田にとっていい方向に進む。
リビングの敵を一掃した優斗と信也が部屋に入ってきたのだ。
「優斗、信也!」
「悪い。遅くなった。大丈夫か?」
優斗と信也が木刀を持ち、山田を援護するように部員達との間に割って入る。
部員達は忌々しそうに顔を見合わせる。
3対3ならこちらも苦戦し、手痛いダメージを受ける恐れがある。
翔のためにそこまでする義理はない。
部員の1人が、翔に向かって声をかける。
「おい、手伝ってくれ。さすがに同数だと面倒だ」
「あんっ?」
腕を組んで余裕を見せていた翔が、目を細める。
「おまえらはそんな雑魚3人も殺せないクズなのか?」
「なんだと……?」
急に険悪になる部員達と翔。
今までの不満が湧水のように出てくる。
「おまえさ、余裕を見せてるけど1人じゃ、そこの坊主頭も殺せないんじゃないのか? 大体相手は1人だったんだぜ。それを複数で襲うとかおかしいだろ」
「……おまえら、誰に物を言ってるのか分かってるのか?」
「ああ、分かってるよ。偉そうにふんぞりかえっている誰かさんよりかはね」
「きさま……」
山田たちをそっちのけで言い合いを始めた部員達と翔。
優斗と信也は、この隙をついて一気に部員達を木刀で攻撃した。
「うぐっ!」
部員3人のうち2人が大した防御もせずに崩れ落ちる。
山田がギロリと残った1人を睨みつけると、部員は慌てて武器を捨て両手をあげて降参した。
「これでおまえ1人だぞ。犬崎翔」
低い声で山田は部屋の真ん中にいる犬崎翔の前に立つのだった。
「ちっ、使えない奴らだな。まさか俺が戦うことになるとは」
腕を組んでいた翔が、不敵な笑みを浮かべてゆっくりと腰の剣を抜いた。
部員がいなくなったというのに、その自信は衰えることはない。
それを見て優斗が警戒感を示す。
「2人とも気を付けて。こいつかなりやるよ」
3馬鹿の中で一番戦闘力の高い優斗が、翔の構えを見て2人に注意を促す。
新人類の子供、イェーガーの戦闘力は幅が広い。
優れている者は大人の新人類、コモナーにも匹敵するものがいる。
優斗は翔がコモナークラスの実力に近いものを持っているのではないかと、警戒したのだ。
「関係ねぇさ。俺は今すぐにあいつをぶった押して天野を助け出す。もたもたなんかしてられねぇさ」
山田は優斗たちより一歩前に出て、そして翔に向かって闘志を剥き出しにする。
真紀と小鳥のツガイのように仲良くしていた日々。
今それを取り戻すのだ。
「ふっ、無駄なことを。力の差というものを教えてやるよ。坊主頭」
瞬間、山田は歯を剥き出しにし、木刀を持つ右手を振り上げ、一気に翔の肩口目掛けて振り下ろした。
ブンッ!!
木刀が空を切る。
翔は楽々と山田の一撃を見切り、半身をずらして躱したのだ。
そして隙が出来た山田の身体に一撃入れようと、横なぎに払ったところで、それを信也が受け止めた。
「すまん信也!」
山田が礼を言って、返す刀で攻撃する。
翔は舌打ちしながら、大きく後ろに飛びすがった。
それを優斗が疾風のごとく追撃する。
バキンバキンバキンッ!!
木刀と真剣が激しく打ち鳴らされる。
斬ることを目的にした翔の剣と叩きつけることを前提にした山田たちの木刀。
どちらも一長一短があるが、深手を負わされたり当たり所が悪ければ死の可能性が高い山田たちの方が不利だ。
だが人数ではこちらが勝っている。
普段授業でも同じグループで体育を受けたりするだけあって、3人の呼吸はあっており、彼らは互いの欠点を補うように翔に攻撃を繰り返す。
ヒュンッ! シュッ! バキンッ!
手数と連携の良さで翔を防御に追い込んでいく。
入れ代わり立ち代わり、翔に攻撃を続けるものだから、翔の顔にも苛立ちが募ってくる。
優斗の見立てでは、1対1では翔の実力の方が上だが
3対1ならこちらが有利といったところなのだ。
「ちっ、うざったい!」
連携攻撃を遮るようにバックステップしながら翔はリズムを崩そうとする。
しかし山田たちのリズムを崩すには至らない。
阿吽の呼吸を知る彼らの攻撃は、ちょっとやそっとでは乱れはしないのだ。
「くらえっ!!」
山田の一撃がついに翔の頬をかすった。
翔が慌てる。
そして優斗がその隙をついて頭に木刀を振り下ろそうとしたところ、それを剣で弾いて逆に優斗の肩を切り裂いた。
「優斗っ!」
「大丈夫。かすり傷だ」
優斗が手を休めず、さらに翔に迫る。
だがこれがいけなかった。
信也と山田の動きが一瞬止まったことにより、3対1は1対1になる。
翔は優斗の薙ぎ払いをしっかり剣で受け止めると、優斗の頭に強烈な頭突きをみまったのだ。
「ぐっ!」
額を押さえてよろめく優斗。
翔はすかさずハイキックで優斗の顔を蹴り飛ばし、壁までふっとばしてダウンさせた。
「はっ、あと2人」
「てめぇ、よくも優斗を!」
頭に血が昇った信也が翔に突っ込んでいく。
「馬鹿が、隙だらけだぞ」
「なっ!?」
バシュッ──!!
「信也っ!!」
山田の叫びが木霊する。
信也の上段斬りは、容易く躱されカウンターで身体を袈裟切りに斬られたのだ。
大量に宙を舞う赤い噴水。
信也の左肩から腹にかけて、服がみるみるうちに真っ赤に染まり信也は木刀を落として後ずさった。
「馬鹿な友人を持ったことを後悔するんだな」
止めとばかり、首を撥ねようとした翔。
山田は自分にそれを木刀で防ぐ手段がないと知ると、やけくそとばかりに翔に向かって至近距離で木刀を力いっぱい投げつけた。
ガツッ──!
まさか木刀を投げてくるとは思わず、翔はそれを顔でまともに食らう。
山田はそのまま勢いよく突進すると、翔に掴みかかった。
「は、はなせっ!」
「うるせーー!!くたばりやがれっ!!」
揉みあう2人。
山田が翔の剣を持つ腕を押さえ、痛みを堪えて傷のある左手で翔の顔を殴る。
利き腕ではないが、頭に血が昇っている山田は一種の火事場の馬鹿力状態になっており、翔に着実にダメージを与えていく。
「この、調子にのる……」
ガツッ!
鈍い音が鳴り翔の開いた口に山田の拳がまともに入って、翔の言葉が中断される。
翔も剣を捨てて山田の腕を押さえ、とっくみあいになり、もつれ合うように床に転がりはじめた。
ぐぐっとマウントを取ろうと、殴り合いながら互いに上になろうとする。
山田は鼻血を出し、翔も額や口から血を流す。
新人類が嫌いそうな泥臭い喧嘩になるが、何もかもを忘れてただ感情の赴くままに殴り合う。
「死ね!死ね!死ねっ!」
怒りに我を忘れた山田がついにマウントポジションをとり、翔の顔に何度も拳を振り下ろす。
翔は腕で顔をガードし続けたが、やがて痛みを恐れない山田にガードを崩され、めったうちに殴られ始めた。
「や、やめ!」
たまらず翔が悲鳴をあげる。
翔はその実力ゆえ、相手を痛めつけることはあっても、自分が殴られることに慣れていない。
山田と違い、激しい痛みに耐えられないのだ。
未知の痛みに顔を歪め、鼻血を噴きだして前歯が何本も折れる翔。
だがそれでも山田の攻撃は止まず、
やがて翔は言葉を発しなくなってグッタリとした。
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- 2013/09/03(火) 00:22:26|
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