次の日の月曜日──。
真新しい制服に身を包んだ僕たちは、緊張の面持ちで朝食を食べていた。
今日からいよいよ学校である。
半年の留学で制服を買うのは勿体ないということで、制服は村から無償で支給されたものを着ている。
買うと高いと分かってるので、僕らを受け入れてくれたこの村には本当に感謝である。
朝食を終えると、正臣さんの見送りの元、みんなと一緒に家を出る。
「ちょっと緊張するね」
「しっかりしなさいよ。私に恥をかかせないでね」
詰襟を玄関でただしていると、風香が胸を張っていう。風香は本当にメンタルが強い。
「大丈夫だって、なんとかなるさ。この学校いい人ばっかりそうだしな。生徒会長や剣道部の部長もそうだっただろ」
「ああ、そうだったな」
ふたりの顔を思い出し、僕は達也にうなずく。
「じゃあ、行こうぜ」
「そうですね」
真面目な結衣が頷き、今日は結衣が先頭をきって歩き出す。
日奈ちゃんは自転車通学だったみたいのだが、今日は僕らに合わせて歩いてくれるようだ。本当に気遣いが出来ていい子である。
しつこいようだが、こんな妹が欲しかった。
僕らが通学路を歩いていくと、何人かの生徒と出会い日奈ちゃんは挨拶をしていく。
村社会だけあってみんなと顔見知りのようだ。
しかし出会う子出会う子、イケメンか可愛い子ばっかりだな。偶然にしては出来すぎてる気がするが。
結衣もそこに気づいたようだ。僕に目配せしてくる。
でもそこが不安要素なんて言えないし、むしろ転入するこっちにとってはラッキーだろうし。なんとも微妙なところだ。
さすがに偶然かもしれないと、無言のまま沢山の生徒がくぐる通用門を通り、そのまま見学に来た時に教えてもらった職員室に行く。
「じゃあ、わたしはここで」
「うん、ありがとう」
ペコリと会釈した日奈ちゃんに、風香は手を振り、僕らも笑顔で見送る。
僕らは顔を見合わせると、襟を正して職員室に入っていく。
職員室は木造という以外はどこにでもある室内で、結構たくさんの教師がいた。
「あら、あなた達が交換留学生ね」
僕らの顔を見た20代くらいの若い女教師が即座に留学生と見破り、笑顔で近づいてきた。
すごい美人の先生だ。うちの学校でもこのレベルの先生は見たことがない。
「はい。よろしくお願いします」
「私はあなたたちの担任の2-A中泉詩織よ。よろしくね」
はいと、頷くと、中泉先生が出席簿を机から持ってくる。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
担任がドアを開けて先に出て行く。
歩き方も様になっていて、ジャージ姿という点を除けば100点満点だ。
玄関を通り、階段までくると、僕らを見つけた生徒たちが興味深そうに僕らに視線を送ってくる。
見慣れない顔が学校に来たってところだろうか。
緊張気味に階段をあがると、中泉先生の顔を見た生徒たちが急いで教室にはいった。
前に一度転校したことのある僕には、その光景が目に焼き付いており、ますます緊張を高めていく。
「じゃあ、呼んだら入ってきてくれる?」
「はい」
いよいよ僕の新たな学校生活の始まりのようだ・・・。
「すごいな、風香と結衣の人気」
「ああ」
休み時間。クラスの男女にあっというまに囲まれたふたりに、僕と達也は机を囲んで驚きの表情を浮かべていた。4人一緒のクラスになれたことはよかったが、次から次へと話しかけられて大変そうだ。僕らと喋る余裕はなさそう。
もちろん留学生ということで僕らの方にもクラスメイトが来てくれたが、どちらかというと顔見世や自己紹介が中心で、二人に質問してるような楽しい会話はなく、ある程度したらみんな向こうの方が興味あるのかそっちに行ってしまった。
まあふたりはこのクラスでもトップクラスに可愛いし。
というか、教師も含めてブサイクが一人もいないんですけど。
どうなってるんだ、おかしいでしょ。漫画みたいで非現実的すぎる。
ともあれ達也はともかく、僕まで軽く見られたみたいで釈然としないが、とりあえず歓迎してくれたみたいでほっとする。
僕は真新しい机に肘をつくと達也と顔を突き合わせヒソヒソと話し出す。
「なんとか上手くやっていけそうだな」
「だから考えすぎだって言ったろ」
「ああ、考えすぎだったみたいだ」
友好的なクラスメイト。
クラスのみんなは地元の子のせいか仲良しみたいで、男女分け隔てなく楽しそうに話している。ちょっと仲良すぎるくらいだ。こんな光景都会では見られない。
さりげないボディタッチも多いし、さっきの子なんてきわどいとこを触ったぞ。
達也もそれに気づいたようで、目を丸くして凝視している。
「浩太、俺さ……」
「うん」
その光景を見ながら上の空で答える。
「この学校に来てよかった!」
達也にまったくの同意見だった。なんか悔しい。
二時間目の休憩時間。
僕と達也は、廊下で話していた。
相変わらず風香と結衣はクラスメイトに囲まれており、教室にいると僕らにクラスメイトが興味ないのではないかと錯覚させられるからだ。
とはいえ、今も何人かが廊下を通り過ぎるとき、気を使って微笑んでくれるし、悪くないはずだ。
「なぁ部活とか入るか?」
「いや僕はいいよ。どうせ半年しかいないんだし」
達也の問いかけに、僕は首を振る。元々は風香の付き添いで来たようなもんだしね。
「そっかぁ。むしろ俺は入ったほうがいいと思うがなぁ」
「なんでだよ」
めんどくさがりの達也が珍しく積極的な意見を言ったので聞き返す。
「だってさ、ここの学校って可愛い子ばっかしだろ。だったらお知り合いになれるチャンスじゃん」
「下心ありか」
どうせそんなことだろうと思ってたが、改めて聞くとこいつ本当に駄目だと思う次第だ。
女から離れて部活に打ち込もうという気がないのか。
「おまえだって可愛い子と仲良くなりたいだろ?」
「それはそうだけど」
同類にされてしまいそうで嫌そうな顔で答える。
元よりそういう風にもっていこうとする魂胆が見えるけど。
「だったらさ……」
「こんにちは、浩太くんと達也くんだっけ?」
達也が言いかけて、僕らは声がした方へ振り返る。
そこには、ショートカットの活発そうな女の子と大人しそうなツインテールの子がいた。
僕らの名前を知ってるってことはクラスメイトだろう。こっちは名前は知らないが。
「そうだけど」
可愛いせいか、ポカーンと見惚れてる達也に代わって僕が答える。
「あたしは島坂美沙、それでこっちが遠山雫なんだけど、ちょっと話がしたくてさ。今いいかな?」
「うん、別にいいけど」
少し強引なショートカットの島坂美沙に引き気味になりながら、僕は島坂の方に顔を向ける。
「さっき部活の話しをしてたのが聞こえたんだけど、どこに入るか決めた?」
「いや、まだだけど」
入る気はなかったけど、そう答えておく。
「だったらさ。剣道部に入らない? 今年入った一年の男子ちょっと頼りなくてさ。ビシっとした練習相手に困ってるんだよね」
「剣道部……」
風香が入ろうとしていた部で、マジマジと島坂の顔を見る。まさかこの子たち剣道部なのか?
「えっと、そっちの、、遠山さんも剣道部なの?」
遠山さんが小さく頷く。
正直驚いた。部長もそうだったけど、こんな可愛い子たちまで剣道部員だったなんて。
心がグラリと傾きかけたが、風香がいることを考えてグッと考えを改めなおす。
風香は僕たちが剣道にまったく興味がないことを知っている。もし言われるがままに部に入ったら、風香にあっというまに下心を見破られ、面打ち100連発とかくらいかねない。
さすがにそれはごめんこうむりたい。
「悪いけど……」
「は~い、俺はいりま~す!」
「おい!」
ビシっと手を挙げた達也に、僕は慌てて突っ込む。
「ほんと!?」
「おう、俺は一度言ったことは曲げない男だぜっ!」
こいつわかってて言ってるのか、風香にどう思われるのか。
「達也、おまえ風香になんて言うんだよ」
「風香?」
島坂が僕に聞き返す。
「僕たちと一緒に留学してきた若宮風香のことだよ。風香も剣道部に入ろうとしてるんだ」
「へー、そうなんだ!」
興奮したように島坂が喜びを露わにする。
部の仲間が増えるのがそんなに嬉しいのか。半年しかいないのに。
「まあそこはなんだ。俺も剣士を目指すってことで」
「馬鹿、そういうのが通じる相手じゃないってわかってるだろ。どうなっても知らないぞ」
「なら、お前も入れよ」
「僕を巻き込むな!」
「あはは、仲いいんだね」
僕らのやりとりを見ていた島坂が笑う。
「ちょっと部活の件待ってくれないか。もうちょっと考えるから」
「うん、わかった。気が向いたら体験入部でもいいから道場に来てね」
「ああ、ありがとう」
こっちの意を組んでくれたのか、ふたりは笑って教室の風香の方に行った。
本当にこいつのせいでとんでもないことになるところだった。風香は剣道のことに関しては真面目だからな。こんなふざけた理由で入ったら痛い目にあわされて、部を追い出されるのがわかってる。
「なぁ、剣道部だめ?」
「行ってもいいけど体験入部からにしとけ。死にたくなかったらな」
まだ未練たらたらに言った達也に、僕は最後の忠告をするのだった。
「お待たせ。ご飯買いに行こ」
「うん」
昼休み──。
ようやく僕ら4人は合流しご飯を食べに行くことになった。
風香と結衣は早くもクラスに友達が出来て昼食の誘いも受けたらしいが、僕らのためにそれを断ったとの事だった。
やはり持つべきものは友。クラスにまだ馴染んでない僕らのために断ってくれるとは、やっぱりいい奴らである。
今日くらいは二人に奢ってやっても罰が当たらないだろう。
「ここって購買一階にあったよね」
「そうだな、下駄箱の近くにあったな」
結衣が言い、達也がぶっきらぼうに答える。
僕らは階段を降り一階に行くと、購買部に向かう。
さすがに昼食まで坂城家の世話になるわけにはいかない。というか、日奈ちゃんがお弁当用意すると言ったが、僕らが弁当箱を用意してるわけでもなかった為、人数分無理だったのだ。
結果、僕らはこれから購買でお世話になることになる。
「風香、結衣、サンドイッチ奢るよ」
「えっ、ほんと!?」
驚いたように風香が僕の顔を見る。
どういう風の吹き回しかって顔だ。
「何かいいことでもあった?」
対して結衣が僕に訊く。
「いや、いいことと言えばいいけど、大していいことがあったわけじゃないよ」
「なによ、それ。気になる~」
風香がさっそくサンドイッチをいくつか手に取りながら、興味をもったように僕にくっついてくる。
奢ってもらったせいか笑顔だ。くっついてくるのは機嫌がいい証拠。たまにこうやって甘えてくることがある。
僕は、腕に柔らかいものを感じながら、笑顔で誤魔化す。
訳を話すのは照れくさいしね。
達也と言えば、そんな僕たちを見てケッ!とした表情をしている。
自分だけ奢ってもらえなかったら拗ねたか。一人で黙々とおにぎりを漁っている。
僕は苦笑いすると、自分の昼食を吟味する。
僕もおにぎりにするか。
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- 2017/09/14(木) 20:30:10|
- 小説
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