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6──研究所2──

8月11日 午後18時57分 研究所 医療検査室  藤乃宮遥


無機質な機械に囲まれた大きな部屋で、私は患者衣を着て検査を受けていた。
血液検査はもちろん、視力検査、MRI、脳波の検査など、私がこれまでに生きてきて体験したことのない検査も受けているので少し緊張している。

「どうだ、検査結果は?」

私をこの場所に連れてきた白衣を着たオールバックの男、細川さんが、医療機器のモニターを眺めている男に声をかけた。


「はい、やはりタイプαを摂取しているようです。しかも彼女、妊娠しているようですね」
「ふーん、それは興味深いな。妊娠した個体を見るのは初めてだよ」

数値化された紙を受け取り、顎に手を当て熱心に見続ける細川さんに、

私は突然聞かされた事実で、呆然とした視線を向けた。



───妊娠している……。

それは心のどこかで覚悟していたことだ。
だって、あれだけ中出しされてたのだ。妊娠していてもおかしくない。

むしろ気になったのはひとつ。それは誰の子かってことだ。
最初にセックスしたのは今は亡き私の恋人、啓介くん。彼は白い液を出す治療の過程で、何度も膣内に精液をぶちまけている。
後の方では、私もピルなどの避妊薬を使うようになったが、それまでに出された精液は確実に子宮に届いているだろう。危険日にも出されたのだから一番可能性が高い。

そして次に中に出したのは、ご存じのとおり、映画研究部の男の子たちだ。
彼らは最初の治療の日から、間違えたと言って精液を中出ししている。回数も多く、その量も1人分でしかない啓介くんと違って大量だ。

毎日昼夜問わず中に出していたので、いつもおまんこには精液が入っていた。あれでは避妊薬が効いているかどうか怪しい。

私は視線を下にずらし、そっと自分の乳房を撫でてみた。
知らない男がいるのにも関わらず、乳房は男にアピールするように強く張り、その先っちょからは少しばかり白い液が滲み出ている。
ちょっとえっちな気分になった。

こうなると、白い液が出る病気というのは間違いで、あれは母乳だったのだろうか。

思わぬ形で母となった私は、そんなことが激しく気になり、思わず口を開く。



「あの……病気に関しては、白い液が出る病気じゃないんですか…?」

「………何を言ってるんだい? そんな病気聞いたことないが…」

2人の男は顔を見合わせ、訝しげな顔をする。
私を見る目は、奇妙な動物をみつけたような目だ。

私はそんな視線に耐えきれず顔を逸らす。

いったいこれはどういうことなのだろう。
白い液の出る病気など、彼らは聞いたことがないと言う。彼らはこの病気の存在を知らないのだろうか?

私は改めて顔をあげ彼らを観察する。

やっぱりそうだ。
彼らの手つき雰囲気から、彼らは医療関係者だと分かる。

そんな彼らが知らないとは……。

まさか桐沢さんが、いや、啓介くんが嘘をついていたの……?

私は突きつけられた疑問に頭を悩ませる。

啓介くんが嘘を言う理由なら分かる。それは私の身体が目的だと考えられるからだ。だけど、桐沢さんが嘘を言う理由が分からない。
彼女がそんな嘘を私に言っても、何も得しないからだ。そもそも彼女は、啓介くんと同じく白い液が出る病気があると言ってるので、そこからがおかしい。
もし、目の前の男たちの言う事が本当なら、啓介くんも桐沢さんも、いや、映研部のみんなも存在しない病気を知っているということになる。

これはいったいどういうことなのだろうか?

まさかみんなで私に嘘をついていたのだろうか?

それともやっぱり目の前の男たちが病気のことを知らないだけなのだろうか?

もう、訳が分からない。考えれば考えるほど、頭がこんがらがりそうだ。

少し休んで頭を整理したい。

私は軽くため息をつくと、検査室の椅子に座った。


「何か事情があるようだね。よかったら教えてくれないか?」

様子を見ていたオールバックの細川さんが口にした言葉。

私は、少し考えたのち、疑問を少しでも解消するためならと、素直に今までのことを話すのだった。




・・・・・・・・


「なるほど、そんなことになっていたとはね」

興味深そうに腕を組んで話を聞いていた細川さんが、私の話を聞き終わると、そう感想を漏らした。

「はい。それで、白い液のことが病気なのか知りたいんです……」

「うん、それは別にかまわないよ。別に隠すことでもないしね」

そう言って口元を嫌らしく歪めた細川さん。

その顔を見た瞬間、私の子宮は何かを期待するように、愛液を流し始めるのだった。









8月11日 午後18時57分 研究所 拘束室  桐沢真由美  


ワタクシが、このベットと簡易トイレだけという白い殺風景な部屋に監禁されてから数時間が経つ。
場所については教えてくれなかったが、ここがどこだか薄々分かる。ここは植物研究所の地下室だろう。

この研究所に、こんな地下施設があるとは受付のバイトをしていて気付かなかった。
ここは表向きには天目財閥における植物調査の為の研究所となっていたが、どうやらそれは違っていたらしい。
もっともタイプαを入手した時点で薄々感づいていたので驚きはなかったが。
そこでワタクシは白い壁に背を預け、親指の爪を噛む。

ワタクシをここに監禁した目的はなんの為か?
研究所から持ち出したタイプαの行方? それとも多くを知ってしまったワタクシの口封じ?

どちらの理由も考えられるため、ワタクシはそれを肯定する。

ではこれから、ワタクシはどうすればいいのか。
素直にタイプαの渡して解放してもらえるのだろうか。いや、そもそもなぜ、ワタクシがタイプαを持っていることに気づいたのだろうか。

アレを手に入れたのは、誰にも知られていないはずだ。

タイプαを手に入れたときの事を思い出す。

あれはまだ研究所でバイトをしていた夕方のことだった。
学校を終え、退屈ないつもの受付のバイトをするために更衣室で着替えをしていたとき、交代で帰る同じ受付嬢の女がワタクシに話しかけてきたのだ。
「桐沢さん、そこの女子トイレで茶封筒を拾ったんだけど」、と。
そうしてワタクシは、めんどくさそうにそれを受け取り、とりあえず自分のロッカーに放り込んでおいたのだ。あとで遺失物扱いにすればいいと思いながら。

それから5分後、ワタクシは着替えを済ませ受付に向かおうと思った時に、放り込んでおいた茶封筒から小さな箱と書類がはみでているのに気づいて拾い上げる。
なにかしらと良く見ては、それがタイプαという副作用の強い性欲増強剤だったのだ。
幸い女子トイレや更衣室に監視カメラはない。ワタクシはそれを素早く自分のロッカーに戻すと、あの女が研究所の男と不倫していることを思い出す。
それからは簡単な話だった。
ワタクシは、あの女を呼び出し脅しつける。この封筒を拾ったことを誰にも言うなと。
女は、どうやら真剣に男を愛していたらしく、一も二もなく頷いた。ワタクシが不倫の事実を男の奥さんに話すと言ったことが、かなり効いたらしい。
だから漏れるはずがないのだ。ワタクシがタイプαを持っていることを。それにあの女が青い顔で、中身を見ていないと言っていたのでなおさらだ。もちろん嘘をついている可能性もあるが、何度も部員たちを脅し、人間というモノの心理を知っているワタクシにはあれが嘘をついてる可能性は低いと見ていた。

それがなぜ漏れたのか。
あれから遺失物の問い合わせも来てなかったし、そんな記録もない。
落とした本人は、なくしたことに気づいていないのか、それとも紛失の責任を問われるために黙っているのかだろうと思っていた。

無論、拾った女が、その茶封筒を持っていることを監視カメラで見られたという可能性があるが、その茶封筒には何も書かれていなかったし、茶封筒自体よくあるもので、この受付には勿論、研究所のどこにでもあるものだから、特にそれが怪しまれるということはないのだ。


ワタクシは、一端思考をやめると、爪を噛むのをやめ宙を仰ぎ見た。

どこから漏れたのかは、もうどうでもいい。
問題はこの危機をどうやって乗り越えるか、ということだ。






8月11日 午後20時 研究所 所長室  村山麗子


私は苛立っていた。
理由は、言わなくても分かるだろう。
細川の反抗的な態度にだ。

奴は、報告書に雅彦のことを記載しなかったのは、プロジェクトが中止になる為と言っていたが、それは違うとみている。
今までその理由を思い至らなかったが、奴が次男の信也の名をポロッと出したことで確信した。
奴が報告しなかったのは恐らく雅彦に悪意を持っているためだ。

私が雅彦と仲がいいように、細川は次男の信也と親しい。
雅彦に何かあれば、信也の手に次期天目財閥総帥の座が転がり込む。もし信也と細川が組んでいたのなら、細川にはこんな研究所の所長というちっぽけなポストより、もっと大きな地位が与えられるだろう。

信也は確かに優秀だが、性格は残忍で嫉妬深く、中学生だというのに何人もの用意された女を孕ませたり暴力を振るっているということもあり、とても私が好ましく思える人物ではない。


「証拠はないが、細川が入念に下調べをしたうえで桐沢に薬を流した可能性があるな……」

ふと出た可能性。
細川が雅彦周辺を調べたうえで、行った自作自演。
島で実験データが取れるうえ、私に責任も押し付けれる。奴にとってなんの損もない行為。

しかしそうなると、ひとつ疑問が出る。
それは、雅彦がまだタイプαを摂取していないのにも関わらず、桐沢が怪しいと私に報告してきたことだ。
これはどういうことだろうか?

椅子に座り、紙コップに入ったブラックコーヒーを飲む。

そしてひとつの可能性に思い至り、愕然とする。


『それはもう隠す必要がなくなったということ』


まさか……雅彦。








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